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事件から約1年後の98年8月頃からです。
保護者→産経新聞→土屋都議のルートで伝わったようです。
産経新聞は、98/8/17の記事を皮切りに、社説も含む実名報道で、突然増田バッシングキャンペーンを始めました。これは今も執拗に続いています。デマとウソに固められた一連の記事は公正中立を標榜する報道機関にあるまじき行為であり、裁判に訴えています。
東京の極右三都議、土屋敬之・古賀俊昭・田代博嗣の三人は、98年8月から、ことあるごとに都議会の場で「増田教諭を免職せよ」という露骨な攻撃を始めました。
2000年7月には、わざわざ足立区の北千住まで出向いて、土屋・古賀らが駅頭街宣をやっています。この時の土屋の演説は増田先生の名誉を傷つけるものとして損害賠償金35万円が最高裁で確定しています。
2000年11月には、俗悪暴露本『こんな偏向教師を許せるか』(展転社)を出版しました。内容はデマにつき物の、一部の事実を針小棒大に取り上げたり、彼らの妄想で勝手なストーリーを作り上げたものばかりで、その上都教委しか知らない増田先生の個人情報がなぜか堂々と掲載されているので、三悪都議と都教委をそれぞれ裁判に訴えています。
これら一連のやり口こそ、権力を悪用した「個人攻撃」と言わなければなりません。 |