公 正 取 引 委 員 会
委 員 長 殿
監査請求人 佐 藤 昭 夫
高 嶋 伸 欣
他 別紙目録記載者 |
T 申告の趣旨
【1 措置を求める機関】
@ 東京都教育委員会
(木村 孟・内館牧子・竹花 豊・乙武洋匡・山口 香・比留間英人)
【2 違法不公正な取引行為】
(1) 事実の経過
@ 東京都教育委員会は、2013年6月13日の懇談に於いて、
「来年度都立高校の日本史の授業に於いて使用する教科書として、実教 出版 (株)発行の『高校日本史A』『高校日本史B』は適切ではない」
旨、全員で決した。
A 同年6月27日開催された公開の定例会議に於いて、上記を議決決定した。
B これに基づき、東京都教育委員会教育長 比留間英人の名義を以て、
<25教指管第486号>「東京都教育委員会における『平成26年度使用 都立高等高校(都立中等教育学校の後期課程及び
都立特別支援学校の高等部を含む)用教科書につ いての見解(通知)」
を発して、同旨を、都立高等学校の各校長に通知した。
(2) 違法不公正な取引行為
上記議決・決定・通知の各行為は、東京都教育委員会ないし各学校の校長が行う教科書の選定採択について、自身の有する権勢を利用して違法な介入を行い、不公正な取引を行わんとしたものである。
【3 求める措置】
よって、独占禁止法 条に基づき、この決議を取消し、各学校長に対する通知を撤回すべき旨の勧告を行う措置をとられたい。
U 申告の理由
1 事実の経過
@ 東京都教育委員会は、2013年6月13日に定例会議を開催した。その後非公開の懇談会が行われたが、その席上、木村孟委員長において
「来年度都立高校の日本史の授業に於いて使用する教科書として、実教出版(株)発行の『高校日本史A』『高校日本史B』は適切ではない」
との内容を骨子とする別紙「通知文」の案文を読上げた上、新任の乙武・山口委員を含む全委員一人一人に対して賛否を問うた。
結果、全委員がこれに賛成した。
A これを受けて委員会は、27日公開の定例会議を開催した。ここに於て木村委員長は、「私が、比留間英人教育長に対して、教育委員の意見をふまえた見解をまとめさせ、校長に周知するよう指示した。」として、別紙「通知文」の案文を金子一彦指導部長に読上げさせた。そして、この見解及びその周知が議決された。
B これに基づき、委員会は東京都教育委員会教育長 比留間英人の名義を以て、
別紙
<25教指管第486号>「東京都教育委員会における『平成26年度使用 都立高等高校(都立中等教育学校の後期課程及び
都立特別支援学校の高等部を含む)用教科書につ いての見解(通知)」
を発して、都立高等学校の各校長宛に、「(株)実教出版発行の『高校日本史A』『高校日本史Bは、日の丸掲揚・君が代斉唱に関する東京都教育委員会の考え方と異なっており、不適切である』等を内容とする通知を行った。
C なお、都教委は、「本件教科書が選定されても、教育委員会として不採択にすることもありうる」との見解も明らかにした。
2 本件議決・通知の問題性
@ この通知の内容は以下のとおりである。
ア 教科書の採択権は教育委員会にある。
イ 平成26年度使用高等学校用教科書のうち実教出版(株)の「高校日本史A」 「日本史B」に
「国旗国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアの侵略戦争で果たした役割とともに、思想・信条の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」
という記載がある。
ウ 平成24年1月16日の最高裁判決で、国歌斉唱時の起立斉唱を教員に求めた校長の職務命令が合憲であると認められた。
これに踏まえ、都教育委員会は、平成24年1月24日の臨時会に於いて
入学式、卒業式等に於ける国旗掲揚及び国歌斉唱について」を、委員総意のもと議決した。
エ 上記教科書の記述のうち、「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」
は、「入学式、卒業式等においては、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導することが、指導要領に示されており、このことを適正に実施することは、児童・生徒の模範となるべき教員の責務である。」とする都教育委員会の考え方と異なるものである。
オ 都教育委員会は、今後とも、学習指導要領に基づき、各学校の入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱が適正に実施されるよう、万全を期してゆく。
カ こうした中にあっては、上記教科書を都立高等学校等において使用することは適切ではない。
キ 都教育委員会は、この見解を都立高等学校長等に十分周知してゆく。
A また、前記のとおり、各学校に於いてこの通知に反する教科書選定が行われても、都教委はこれを認めないとの立場が明らかにされている。
3 本件教育行政行為の違法不当性
都教委の今回の行為は、独占禁止法2条9号に違反する。
@ 国定教科書制度の廃止は、無用で有害であった国家的統制を廃止し、一定の検定のもと作成出版を自由とした上で、公正で自由な選択によって教科書が採択され、それによって、憲法・23条・26条・教育基本法の精神に則った、現場での実践にふまえた、また、学問的・教育学的に高い水準の教科書が教育現場で使用されることを目指している。
A ところで、教科書の自由競争は、上記趣旨からしてそれ自体は望ましいものであるが、しかしかつて、勢いの赴くところ販売の過当競争として現象したことがあった。
そこで、御庁はその弊害に鑑み、教科書の採択・・・各学校と教科書出版社の取引・・・について特別に、独占禁止法2条9項6号(当時は7項)による指定(いわゆる「教科書特殊指定」)を行った。
昭和31年12月20日告示第5号がそれである。
B そこでは、
(1) 教科書の発行・販売を業とする者が、直接・間接を問わず
教科書を使用する者、又は教科書の採択に関与する者に対し、
使用・選択を勧誘する手段として、金銭・物品・供応その他これに類経済的利益を供与し、またはこれを申出ること
(3) 教科書発行を業とする者が直接・間接を問わず
他の教科書の発行を業とする者又はその教科書を中傷・誹謗し、又は
その他不正な手段を以て、他の者の発行する教科書の使用または選択を妨害すること
が禁止された。
ここに規定された諸行為が、教科書の自由作成・発行制の理想、趣旨に反するものであることは一目瞭然であって、まことに時宜・趣旨の適正を得た措置であった。
C 東京都教育委員会による今回の措置は、その行為主体にからして、直接にこれに該当牴触する類型ではないが、しかし、この第3項が定めるところの行為類型、すなわち「教科書の誹謗・中傷」「教科書の使用・選択に対する妨害」に当たることが明らかである。
D この「教科書特殊指定」に明白なように、教科書の選定・採択等に於いては、教育制度の理想からして、完全な自由かつ公正な取引が実現されなければならないのであるから、独占禁止法が厳格に適用され、その趣旨が実現されなければならない。
(なお、この指定は2006年に、各界からの強い反対の声にもかかわらず廃止された。しかし、その際、「この特殊指定のその趣旨は、一般指定各号になお生きているから、従前同様に規制される」旨の説明が、御庁からもなされている。)
E 都教委による本件行為は、厳密な意味ではかつての「教科書特殊指定」には該当しないかも知れないが、しかし、その実体に於いては、以下のとおり、教科書に関する自由で公正な取引を害し、教科書の自由制作発行制の趣旨をないがしろしするものであって、独占禁止法に違反していることが明らかである。
F すなわち、都教委の今回の行為は、以下に述べるとおり、同法2条9項にいわゆる「不公正な取引方法」に該当する違法なものである。
@ 同条項第6号は、「次のいずれかに該当する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの」を不公正な取引方法として違法とし、排除の対象としている。
A 御庁は、「不公正な取引方法」として全業種について、16の類型を定めて告示している(昭和57年6月18日 告示第15号・改正平成21年
10月28日 告示第18号)。
これらのうち、本件に関係があるのは、以下の諸号である。
(2) その他の取引拒絶
(4) 取引条件等の差別取扱い
(12) 拘束条件付取引
(14) 競争者に対する取引妨害
B (2)号について
第2号は、「不当に、ある事業者に対し取引を拒絶(する)・・こと」を禁じている。
本件は、東京都が合理性のない不当な理由を以て、不当に実教出版(株)との取引を拒絶したものである。
C (4)号について
第4号は、「不当に、ある事業者に対し取引の条件又は実施について、有利な又は不利な取扱いをすること」を禁じている。
本件は、本件教科書に「一部の自治体に公務員に対する強制の動きがある」との記載(それ自体全く正確で正当な記載である)があることを以て、都立高校等に於いて使用する教科書として「不適切である」として、「採択しない」との意向を公然と示し、また高校現場に対して「選定するな」との加圧行為を行ったものであって、「不当に不利な扱いをする」に該当する。
D (12)号について
第13号は、「相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること」を禁ずる。
本件にあっては、都教委と実教出(株)との間では、具体的な取引の段階には未だ入っていないかも知れないが、教育現場での選定段階には入っているのであって、教科書採択制度の実質に鑑みると、独禁法の趣旨からするならば、すでに両者の取引行為は開始されていると解釈さるべきである。
しかして、本件にあっては、「一部の自治体にあっては・・・・」という、それ自体正確正当である記述が維持される場合は、都教委は「絶対に取引しない」との条件をつけているのである。
教科書発行会社にとっては採択されない教科書を作成しても事業上無意味であり、経営圧迫の原因となるのみであるであるから、教科書発刊事業維持の為には、記述の内容をその意に反して変更せざるを得ないことにもなる可能性が高い。これは、自由に教科書を作成するという実教出版(株)の事業活動に対する不当な拘束である。
E (14)号について
(a) 第14号は、「自己・・・・と国内に於いて競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもってするかを問わず、その取引を妨害すること」を禁じている。
これは直接的には、教科書の場合、各出版業者間での競争の公正性の維持を命じたものであって、各業者の取引の相手方である教育委員会を規制したものではない。
(b) しかし以下に述べるとおり、本件の場合、教育委員会は本号の規範を犯したものとなすべきである。
(c) 前述の教科書特殊指定の実質は、その廃止後も一般指定に生きていることは、御庁・文科省の認めているところである(例えば、「18文科初第952号」他)。
そこでは、「他の教科書に対する中傷・誹謗」が禁止されていた。
(d) 今般の都教委の見解は、何ら合理的根拠が無く誤っていることは、先に縷説してきたところである。したがって、この見解の決定・公表は、
明らかに、都教委自身による実況出版社の本件教科書に対する「中傷・誹謗」に該当するものである。
(e) したがって、都教委の本件行為は、特定の教科書に対する中傷・誹謗
をなすことにより、教科書をめぐる取引関係に不公正なアンバランスを招来したものである。
このような事態は、通常は同業者間における特定の業者によって行われることが多いので、本号が設けられたのであるが、しかし、本件のように、圧倒的優位にあり取引の独占的地位にある相手方が行う「中傷・誹謗」の取引社会に及ぼす効果・悪影響の大きさは、特定の同業者によるそれの比では到底ないことは、改めて言うまでもない。
本条項の規定方式は、まさか、行政機関にあって、とりわけて最も公正であるべき教育委員会が、このような不当な介入を行うことがあるということを前提にすることが出来なかったがゆえに、このような形式になったものというべく、実際に教育委員会がここまであからさまな、市場への強力な不当介入がなされた場合には、その趣旨からして規制の対象となるとされなければならない。
(f) したがって、公正な取引秩序の維持という本来の趣旨からすれば、教育委員会が本号の直接の名宛人ではないということは、本号準用の妨げには何らならないというべきである。
そもそも、本号は一般指定として、普遍的適用が当初から予定されているものであるという点も、この準用を根拠づけるものである。
4 結 語
以上、東京都教育委員会の本件決定・通知行為は、独占禁止法2条9項に違反する違法不公正なものであるから、厳正な審査の上、本件請求にかかる措置を早急に講じられたく、申告に及ぶものである。
(以 上)
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