先生から
では、教えてあげましょうね。通常の中学二年生の終りの生徒に相応(ふさわ)しい精神的道徳的善悪の判断力が身についていれば、明文で教えて上げるまでもないことなのですが。「先生に反抗して、どこに利益があるんですか?
教えてください」という質問を恥ずかしげもなくできること自体が、君が「自己の狭い利益しか考えられない」人物であることを、あますところなくさらけ出しています。損得勘定が君の価値判断基準の中心であること。そう言えば、君は、私が提出物の締め切りを数日すぎた生徒も、それをもって評価を下げないことに「締め切りを守った生徒が損だ。締め切りすぎた生徒の評価は下げるべきだ」と主張しましたね。こういう言動に対しては、私は、見てはならないものを見てしまったような気分になりました。
具体的に教えてあげましょうね。先日の授業の始まりの時、君は「チャイムが鳴って授業が始まった時には、席について社会科勉強道具三点セット(教科書、ナビ、ファイル)を机上に載せておく」という、「当り前の範囲」ができていませんでした。これは、小学生でも善悪の判断力があれば理解可能、実行可能な「当り前の(最低の)範囲」です。そして、私が君たちに要求しているのは、授業を受けるためにしなければならない「最低限の当り前の範囲」です。君が「自分には理解できないから」ということを理由にして、「『減点』規準を先生がプリントして、全員に配ってください」と要求した、その「最低限の当り前の範囲」を、ここで、君のために書き出してあげましょうね。それは授業を受けるに当っては「忘れ物をしないこと、むやみにしゃべらないこと、授業の妨げとなることをしないこと(授業中に、ノコノコ、ゴミを捨てに黒板の所にあるごみ箱にゴミを捨てに出てきたりしないことetc.)、うるさくする、物を投げる、立ち歩く」です。これは「人によって違」いません、全く。私は、公正・公平を尊びますので、生徒の誰に対しても、「最低の当り前の範囲」を逸脱し授業を妨害するものは許しません。それは、生徒達の『教育を受ける権利=知る権利』への許されざる侵害ですから、ペナルティーを与えるに値します。そして、私が生徒全員に示したのは、小学生でも善悪の判断力があれば理解可能、実行可能な「最低の当り前の範囲」です。
ところが、君は、以前、この「最低の当り前の範囲」が守れていませんでした。それなのに、どこまでもグジャグジャ、グジャグジャ、ゴネてゴネてゴネまくり、挙(あ)げ句の果てに「先生に反抗して、どこに利益があるんですか?
教えてください」などと厚顔無恥にも書ける能力は高いわけですが、君の言動は、君の日本語表現能力が弱いのか、客観的に自己の言動を判断する能力がないのかは分かりませんが、「先生に反抗」というリッパな日本語に対応する言動ではなく「先生に、グジャグジャどこまでもゴネてゴネてゴネまくる」という日本語が適切なのです。すなわち、君は「先生に、グジャグジャどこまでもゴネてゴネてゴネまくって、どこに利益があるんですか?」と質問しているのです。そして「先生に対してグジャグジャどこまでもゴネてゴネてゴネまくり」ながら、「己(おのれ)の狭い利益など考えもせず、己の広い利益のために、己にとっては百害あって一利もない、先生への立派な反抗をしている」と自負できる本当に狭い狭い狭い噴飯物(ふんぱんもの=思わず「ププッ」と笑ってしまうこと)の「一利」があるのですよ。前記した授業の始まりの時も、先生が忘れ物チェックに後ろにいる君の席のところに廻っていった時、君の机上には何もありませんでした。君は先生が行ってから、のこのことロッカーのところに行って教科書類を出して、どうしましたか?
君は、わざとらしく、それらを机上にタタキつけました。きっと君の現在の精神的道徳的判断力によれば「己の狭い利益など考えもせず、己の広い利益のために、己にとっては百害あって一利もない、先生への立派な反抗をしている」と思い込める「一利」のためでしょうね、意識しているかどうかは知りませんが。
それから、もう一つ、君の厚顔無恥な言動に対して、嬉しそうに薄ら笑いをしながら君に目配せして、君に賛意を表明してくれる君と同レベルの精神的道徳的判断力の持ち主たち数人の生徒の「尊敬」を得られそうなこと、これが二利め、でしょうか。ついでに言えば、君たちの共通点としては「他人の揚げ足取り能力」には非常に恵まれている、ということがあるでしょう。
もう一度、君のために教えてあげますが、以前、君は小学生でも善悪の判断力があれば理解可能な「当り前の(最低の)範囲」が実行できず、減点されました。小学生でも善悪の判断力があれば実行可能なことを実行できず誤った言動を取りました。小学生でも真っ当な善悪の判断力さえあれば「悪いところを言われたら、それを素直に認め、反省し、自分の悪いところを改善するよう努力すべきなのに」ということは理解可能、実行可能であるにもかかわらず、です。それを君は「結局、先生が勝手に減点していくのは不公平の極みだ」と主張することによって、結局「僕がやった『最低の当り前の範囲』の逸脱にはペナルテイーを課すな」、すなわち「僕だけは特別ヒイキすべきだ」と厚顔無恥な主張をしているのです。私は、公正・公平を尊びますので、君の厚顔無恥な主張を尊ぶつもりは毛頭もありませんが。
確かに、他人の言動に対しては実に的確な批判をできるのに、己(おのれ)自身のことになると、途端に完全に盲目になるという人は、たまに、大人にも見受けられますけどね、これでは、いくら「社会科の授業を完璧に理解して」いたところで、本人の豊かな人間的成長には、全く寄与するものではなく、「完璧に」無意味でしょう。
最近、流行の言い方を使えば、「悪いところを言われたら、それを素直に認め、反省し、自分の悪いところを改善するよう努力すべきなのに」「先生に、グジャグジャどこまでもゴネてゴネてゴネまくって」その挙(あ)げ句、「己の狭い利益など考えもせず、己の広い利益のために、己にとっては百害あって一利もない、先生への立派な反抗をしている」なんて主張するとはね、アンタ、そら、チョー勘違いですから〜〜〜!?
ざんねーん!? ってところでしょうか?
最後に、「悪いところを言われたら、それを素直に認め、反省し、自分の悪いところを改善するよう努力すべきなのに」「先生に、グジャグジャどこまでもゴネてゴネてゴネまくって」その挙げ句「己の狭い利益など考えもせず、己の広い利益のために、百害あって一利もない、先生への立派な反抗をしている」と思いこんでのチョー勘違い言動をした結果、君が「増田先生から被(こうむ)ったという『百の害』」を書き出してみてください。
あっ、それから、君は掃除の時、ホーキをバットのようにして振り回すのが大好きのように見受けられましたが「ホーキを床から離さないで掃除しなさい」と指導されたら、「それを素直に認め、反省し、自分の悪いところを改善するよう努力」してくださいね。 9C組7の人へ。「『予言』は、こんなの中学生に見せるものじゃない」という意見ですが、私も1/3はグロくて見られませんでした。でも、これが『事実』なんですよ。だから、これから未来の日本を作る私たちは、受止めなければいけないと思うのです。原爆とかで苦しむ人が、これ以上出ないようにするためには大切な学習だと私は思います。
『ガンディー』を見て。「非暴力・不服従」をイギリスの支配に対し、し続けたとは、「ものすごいことだ」と思いました。あんだけの暴力を受けて、やり返さないなんて、すごい。でも、イギリスの人々の暴力は、かなりすごいものでした。もう、こんなことは起きないでほしいと思いました。
10『ガンジー』を見て、ガンジーは、ひどい人だと思った。なぜなら「ガンジー」に賛成している人たちに「非暴力」とかいって、殴られっぱなしにしていたし、あーゆーことは一人でやってほしい。ガンジーは、意地を張ってるだけだと思う。
11『ガンジー』を見て、日本も昔、イギリスがインドにやったと同じことを朝鮮に対してやっていたんだな、と思った。
12A組5の人に。「時には戦争して人を殺さなきゃならない場合がある。アメリカの味方をしてたら生きていける」とか言ってたけど、そういう考えの人がいるから戦争が続き、どんどん悲惨になっていくのだと思います。だって、戦争は政治家の人たちのケンカ(簡単に言えば・・・)でしょ?
なんで、罪のない人達が巻き込まれて殺されなければならないのか・・・。戦争は、全く意味のないものです。日本もアメリカとの関係を、きっぱり切った方が良いと思います。そんなことしたら、日本はどんどん貧しくなっちゃうかもしれないけど、そのぶん今まで見えなかったものが見え、本当の平和が見つかるかもしれないと思います。
13A組5の人の意見に反対。自分がアメリカの味方をしていたからって、生きていけるわけではない。だって、アメリカのやり方に怒るイラクの人に「アメリカの味方」ということで、殺されてしまうかもしれないから。「じゃあ、何か方法があるのか?」と聞かれても思いつかないけど、でも、やっぱり戦争は良くない、と思う。
『ガンディー』を見て。戦争ばかりでなく、暴力もよくないと思いました。 先生から
戦争こそ、最大(極大)で最悪の「暴力」なのではないでしょうか。 14B組4の人は「オレは、しょーじきのところ、日本に愛国心なんて、まっ〜たくないし、周りにも流される予定だから、みんなが次々と日本を出ていったら、オレもシタクして日本を出ていくしー! あと、行くとしたら中国かな。」とか・・・なんで、そんなにノリノリなのかわからない。ウケねらっているみたいだけど、あんまり面白くないと思う。もっと真面目に考えて欲しい。
それから『予言』を見て、「キモイ」とか「グロイ」とか言ってる人がいた。確かにそうかもしれないけど、そういうことを言ったら、体を張ってビデオに出ている被爆者の人たちに、申し訳ないと思う。
15A組5の人へ。「時には戦争をして人を殺さなければならない場合がある」というが、それを認めるとしても、イラクには大量破壊兵器はなかったのだから、アメリカのイラク攻撃は「戦争をして人を殺さなければならない場合」という場合に当てはまらないと思う。「イラクの石油をアメリが手に入れる」というのが、アメリカのイラク攻撃の「場合」だったとするならば、それが本当に「戦争をして人を殺さなければいけない場合」なのか、「戦争をして人を殺」してでもするべきことなのか考えてほしい。
B組4の人へ。「周りにも流される予定だから、みんなが次々と日本を出ていったら、オレもシタクして日本を出ていくしー!」なんて、安易に大衆についていくのは良くないと思う。まぁ、君が周りについていって中国に行って、どんな目にあっても君の勝手だが、中国の反日感情はスゴイよ。
16『ガンディー』を見て、ガンディーが、すごい人(「非暴力・不服従」に私は賛成〜〜!!)だということが、良く分かりました。戦争がいまだに絶えない世界なので、ガンディーみたいな人、また、出てこないかなぁー、と思いました。そういう人は「マハトマ(偉大な魂」とって、また呼ばれるでしょう(たぶん)。あと・・・日本人で、そのような人、歴史上に出てこなかったのは少し残念です。
それからA組5の人へ。「時には戦争をして人を殺さなければならない場合がある」んだって!?
・・・えーと、君、自分が殺される側になっても、そんなコト言える自信があるんですよね? すげー!? 私だったら、絶対、言えないです、そんなこと。
アメリカについて。アメリカにも核兵器に反対する人と、「原爆の被害のひどさの事実かくすなっ!」 て人の両方いて、原爆に反対してくれているアメリカ人がいるのが、心強く頼もしく、嬉しいです。そういうアメリカ人の人、ありがとう! 先生から
「日本人で、そのような人、歴史上に出てこなかったのは少し残念」ですが、確かにガンディーのように「世界的に有名」という点では、「出てこなかった」と言えますが、でも、戦争に命を懸けて反対した日本人の人は、います!
数少ないのは確かですが。戦前、性科学者であり、労農党代議士として戦争に反対し、右翼に殺された山本宣治を描いた映画(ビデオ)「武器なき闘い」がありますので、紹介する時間があればいいのですが・・・ 17A組5の人へ。「時には戦争をして人を殺さなければならない場合がある」って・・・、確かにあるかもしれないけど、今のアメリカがしている戦争の場合は、それには当てはまらないと思う。それに「アメリカを味方にしたら生きることができる」・・・そんなんじゃあ、「日本はアメリカの犬」じゃん!?「
犬」!? しかも、知ってる? 沖縄にいる米海兵隊の人って、罪人とか、刑務所出たての人がいて、お世辞にも「安心な人たち」とは言えない人たちなの!
それに、アメリカは確かに、1対1なら、どの国も負けるかもしれないけれど、他のどんな弱い国でも、たくさんの国と協力すれば、アメリカにも勝てるものだと思います。
18「ガンジー」のビデオを見て、先生の編集で飛ばされてしまったところもあり、良く理解できませんでしたが、ガンジーの勇気や考え方は、とても伝わってくるビデオでした。他人のために、あそこまでできる方がいるということが分かり、とても嬉しかったです。教科書だけでは理解しきれなかったことを、このようにビデオを利用して詳しく教えていただき、本当にありがとうございました。 先生から
文科省による「ゆとり教育」導入以前は社会科の授業は1・2年は週4時間ありましたので、ビデオも2単位時間(100分)を当てることができたのですが(それでも短縮しなければなりませんが)、今は、それができませんので、かなり無理があることを承知の上で「ガンジーの勇気や考え方」だけでも伝えるために1時間を当てました。教科書の記述だけでは、とても伝え切れませんので。このビデオは、どこのビデオ屋さんでも置いてあると思いますから、休日に借りて(別に宣伝費をもらっているわけではありませんよ、念のために言っておきますけど)是非、全編を見てほしいと思います。 |
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