Home ■誰が、ラインズさおりを『不登校』『転校』『中退』に追い詰めたのか?


(2)ラインズさおりさんは、増田の授業において、とても冷静だったのであり、土屋主張の、「(プリントを)校長先生が配らないように制止したのに、それを振り切って(増田は配った)」などという7月1日、北千住駅頭街頭宣伝が、全くの虚偽事実による誹謗中傷活動であること
@7月2日(水)、増田は校長室に呼ばれました。校長は「ラインズ和子さんらしい親が匿名で『米軍批判が多くて米国籍の娘が可哀相だ』ということで指導室に電話したようだから配慮を」と言うので、原告・増田は首をかしげました。ラインズさおりさんに『可哀相』という様子は、どう考えてみてもありませんでしたから、前記(1)のA〜Cのように、原告・増田の感じたことは正しかったのです。
 ところが、ずいぶん後になって、情報開示請求、不服申立てを何度も繰り返し行った結果、やっと読めるようになった『区教委報告書』によると、校長は原告・増田に『保護者から疑義の申し立てがあり、私も中立性を欠くと判断している』と『指導』したことになっており、また『掲示板』によれば「保護者から反アメリカ的で一方的との指摘を受けた」と、原告・増田を『指導』したことになっていました。しかし、原告・増田は、この時校長からこのような言葉は全く聞いていません。もし、このような言葉を校長が発していたなら、原告・増田が、これを聞き逃すことなど有り得ません。中2地理・沖縄県の授業において『米軍基地についての事実』を教えたことを以って、「中立性を欠く」などと校長に言われた場合、社会科教師が沈黙を守ることなど、有り得ないことです。校長は、原告・増田に知られることはないと思い込んで、公文書に平然たる虚偽の記述をしていたのでしょう。

A7月3日(木)、半信半疑ながら校長の話が本当なら、さおりさんへのフォローが必要だと考えた原告は、授業直後の休み時間に(他の生徒たちは、トイレに行ったり、三々五々、過ごしている)、ラインズさおりさんを教卓の横の椅子に座らせ、原告・増田は教卓の椅子に座って、向かい合って、その目を見ながら「辛い思いをしたそうね。ごめんなさい」と言いいました。しかし、校長は原告に虚偽を述べており、事実は上記(1)A〜Cだったので、当然ですが、さおりさんは、キョトンとした表情を見せました。それで、ラインズ和子さんや校長による、原告・増田に秘密の活動を全く知らない原告・増田には、もしかしたら電話したのはラインズ和子さんではなくて、こういう授業をさせたくない第三者なのではないか? という疑念が生じましたが、しかし、キョトンとした表情はポーカーフェースということもあるからと、続けて言いまた。「もし『アメリカ軍の批判が多くて、辛い』と感じたら、そのことを書いてね。紙上討論というのは、そういうふうに意見を書き合うものだから。そうすれば、みんな『アメリカ軍が悪いからって、あなたに責任はない』って、書いてくれると思うの。言いたいことがあっても表現できなかったら、胃に穴があいちゃうからね」。さおりさんは、ニッコリして「はい」と言い「うちの、ひいおじいちゃん、ペリーの弟なんです」と言ったので、原告・増田は「あら、有名人の子孫なのね」と言い、話は終わりました。
 ところが、これがラインズ和子さんにかかると「娘を休み時間に教卓に呼び付けて『言いたいことがあったらちゃんと言ってね。言わないでくよくよ心の中にしまって置いたら胃に穴があいちゃうわよ』とクラスのみんなの前で言ってます」(『正論』)と、まるで、原告・増田が教卓に立ち、さおりさんを、その前に立たせ生徒満座の前で、さおりさんを脅迫したことになっています。『休み時間』に、『クラスのみんなの前で言って』ということは不可能だ(『休み時間』なのだから、『みんな』は教室にいないし、生徒達は、てんでんバラバラに好き勝手なことをやっている)、ということは常識的に理解できるはずですが、ラインズ和子さんという人物は、こういう虚偽を全国雑誌に発表して恥ずるところがない人物でした。また右翼サイト『掲示板』によると、ラインズ和子さんは7月5日(土)に学校に来て、「増田教諭に(娘が)『傷つくことがあったら直接言いなさい。胃に穴が空くわよ』と言われた件を(教頭に)伝えた」そうです。しかし『紙上討論』は、意見を『書く』ことが特徴なのですから、原告・増田は「言いたいことがあったら、『言いなさい』」とは、100%、絶対に、『言わない』のです。また原告・増田は校長から「可哀相だ、ということらしい」と伝えられ、『ラインズ和子さんが「反米教育だ、と言っている」』ということなど、全く聞いていないのですから、『脅迫』などする必要は全くなかったものです。
 ただ、『正論』によると『M教諭は米軍基地のプリントについて校長から指導を受けた後、娘を休み時間に呼び付けて』となっているところをみると、校長は、原告・増田には「ラインズ和子さんらしい人が・・・娘が可哀相、ということらしい」という虚偽を述べながら、ラインズ和子さんには、「『ラインズ和子さんから疑義の申し立てがあり、私も中立性を欠くと判断している』(あるいは、「保護者から反アメリカ的で一方的との指摘を受けた」)と増田を『指導』したもので、増田が、娘さんを呼び付けたんでしょう。すみません」と、ラインズ和子さんに対しても、またして虚偽を述べていた可能性が高いと思われます。

A7月4日(金)、上記、ラインズ和子さんの子ども・さおりさんがキョトンとしていたことから生じた、「やはり、区教委に匿名で電話したのは、ラインズ和子さんではなく、第三者ではないか」という疑念が、原告・増田に強まり、確認しておいた方がいいと思いました。もし原告・増田の想像通りだったら、校長に「『その匿名の親は、ラインズ和子さんじゃなかったですよ』と報告しなくては」と思いましたので。ところが、ラインズ和子さんに電話してみて驚きました。通話時間、14分32秒(DDI通話記録による)にわたり、ラインズ和子さんは以下のように脅迫的言辞を吐き続けたのです。


増田「十六中の増田です。つかぬ事を伺いますが社会科の授業のことで教育委員会に電話なさいましたか」
(ラインズ和子さんは前記各文書でも、99年2月15日の東京地裁法廷でも、原告が「教育委員会に電話したのはライオンズみね子さんですね」という「確認」の第一声を放った、と書き、かつ述べましたが、原告・増田は校長から「ラインズ和子さんらしい人が匿名で教育委員会指導室に電話したようだ」と聞いたため、半信半疑で電話したのですから「電話したのはラインズ和子さんですね」などと確信を持った『確認』などできるはずがなく、これも通話時間同様の、ラインズ和子さんによる虚偽事実の捏造の一つです。)
L 「ええ、しました」@
増田「どういう事でしょうか」
L 「あれは、何ですか。反米攻撃が凄くて、私は震えてしまいましたよ。だいたい、私は知らなかったんですが、広報委員の人が娘さんから『これ読んどいて』と言われて、読んで見て、「どう思う」って、私に見せてくれたんですよ。その人も『偏っている』と思って私に見せたんです。他のお母さん達もプリントを読んでないから知らないんですよ。私、みんなに読むように言いますから。PTA会長にも言いますよ。」
増田「おかしな事をおっしゃいますね。誰に読まれても私は、ちっともかまいませんよ。私は、事実を教えているだけですから。プリント「沖縄の米軍基地・普天間第二小の場合、のビデオを見て」の中で、『事実』でない部分がありますか」
L 「今、どちらから電話しているのですか」A
増田「自宅からです」B
L 「自宅からではなく、なぜ他の先生もいる学校から電話しないんですか」C
増田「期末考査の答案を持ち帰って採点していたんですが、ちょうど終わりましたのでね、時計を見ましたら4時でしたから、遅くなると夕食の準備に差し支えるかと思って、今、御電話したんですよ」
L 「他の先生達は、学校に残って仕事してらっしゃるのに、どうして自宅にいるんですか」
増田「今、申し上げましたけど、考査中、答案を持ち帰っての自宅採点はどこの学校でも普通に行っていることなんですよ。もちろん、学校に残って仕事することも自由ですが」
L 「あなたは4時半になると帰ってしまって、まだ仕事があるのに他の先生達が迷惑をしているそうじゃないですか。入学式にも、PTAの歓送迎会にも出なかったじゃありませんか。」
増田「どなたから御聞きになったか知りませんが、十六中の勤務時間は4時までですから4時に帰宅したところで誰からも文句を言われる筋合いはございませんよ。私は、私の仕事はきちんと行っています。入学式に出なかったのは、始業式が始まった途端、胃がおかしくなって病院に行ったら精密検査の要ありと言われましてね、普通の日に休みましたら、生徒に自習させなくちゃいけませんからね。それに歓送迎会に出なかったのは、同じ日、同じ時間に十二中の歓送迎会がありましてね、普通は送られる方に出るものですよ。ちゃんと、教頭先生に、そう断っておいたんですが、教頭先生が、言い忘れたんでしょうか?それともあなたが聞いていらっしゃらなかったんでしょうか?」
L 「米軍基地なんてできればないほうがよいけれど、基地があることによって生活を支えている人も多いのに、とらえ方が一方的な面しかとらえられていないじゃありませんか」D
増田「これは『紙上討論』と申しましてね、これから年間を通じて行っていくものですから、基地労働者の問題は、必ず出てきますよ。もちろん、それは大切な問題でからね。でも、第一回目から、何もかも問題点が出てくるものではございません。これからたくさん、いろんな意見が出てきますからね、その中から生徒達は『一方的』でなくて『多面的』にとらえられるようになるんですよ」
L 「生徒の感想発表だけならいいと思うんですが、何ですか。あの『先生から』と言うコメントの、偏った先生の思想イデオロギーの押し付けは。あれは先生の立場を利用した思想の押し付けではありませんか。あれは反米教育ですよ。」
増田「私は別に『反米』主義者ではありませんから『反米教育』などしてはいません。私は憲法、教育基本法に則って事実を教えるという当たり前の教育をしているだけです」
L 「保護者は先生の悪口を言わないようにしているのに、仲間である教師自ら同僚の批判をするのはよくないんじゃありませんか」E
増田「私は、同僚の悪口なんか生徒の前で言った覚えはございませんが」
L 「沖縄の反戦地主が『しっかりしろ!最近だらしないよ。教師は』と書いているのにアンダーラインを引かせたじゃありませんか」
増田「だって、あれは反戦地主の言葉でしょうF。
私自身の経験からも義務教育の時代に沖縄米軍基地問題や憲法9条の意味をきちんと教わった覚えがございませんし、私の子ども達も、義務教育の中では教わることができませんでしたから、私は自戒の意味を込めてアンダーラインを引かせ、私は、『きちんと正しいことを教え』る教師でありたいと思っていることを、伝えたんですよ」
L 「増田先生ではないですね。もう先生なんて呼びませんわ。増田さんですね」G
増田「結構ですよ。私は、あなたの先生ではございませんから」
L 「あなたは『十二中時代から、保護者から苦情が多かった』と教育委員会の人が言ってましたよ。」
増田『教育委員会の人が、そんなこと言うわけないでしょう。第一、私は、卒業式の答辞で、子ども達が紙上討論に対する感謝の言葉を書いて読み上げてくれて、感動しましたし、その後の謝恩会で保護者の方から感謝の言葉や、お手紙をいただいたんですよ」
L 「いいえ、教育委員会の人は言われましたよ。『指導する』と言ってましたから、校長先生と二人で教育委員会に呼ばれていって指導されたんじゃないんですか」
増田「そんな事実は、全くございません。私は、指導されなきゃならないようなことはしたことはありませんもの」
L 「そんな・・・公務員だからってクビにできないのをいいことに・・・」
増田「クビって、何ですか、それ?」
L 「『教育委員会でも、首にしたいが中々そうもいかなくて困っている』と言ってましたよ。相当問題にされているようですね」
増田「教育委員会が、いくら何だって、そんなこと言うはずないですよ」
L 「本当ですよ。細川指導主事と言う方です。」
(ラインズ和子さん記載「被告答弁書に対する認否・反論等」では、この当時『指導主事』と言う言葉を知らなかったということですから、もしかしたら「細川氏という方です」だったかもしれませんが、この電話した日の3週間後の日付の手紙においては、ラインズ和子さんは「指導主事』という言葉を用いて書いています)
増田「・・・それでは、教育委員会に電話して確かめますよ」
L 「いいですとも。電話でも確かめてごらんなさい」
増田「・・・では教育委員会の電話番号を教えてください」H
(原告が、自分で調べればすぐ分かる、教育委員会の電話番号を尋ねたのは、もし「クビ」云々がラインズ和子さんのデマカセなら、本当に電話する様子を見せたら、一瞬ぐらいは怯む様子が見えるだろう、と思ったからです。ラインズ和子さんは、全く動揺を見せず、間髪をおかずに次のように言い、自信たっぷりでした)
L 「あら、ご存知ないのですか」I
増田「私は、教育委員会に電話する用はないものですからね、そんなもの知りませんJ。
学校にいればすぐ分かりますけど、あいにく、今、自宅にいるものですから。」
L 「いいですよ。」
(この間、すぐ見つからなかったらしく、ラインズ和子さんは、ごそごそ捜している様子を見せていて、時間がかかった)
L 「3880-5111。内線の2881です。細川氏です」K
増田「どうもありがとうございました」


 この通話時間はDDI記録によると14分32秒でした。私は、ラインズ和子さんの話の異常さから、これは何かありそうだ、とは思ったので、夜、すぐパソコンのワープロに打ち込んでおいたのでした。
 しかし、この『首』云々だけは、これが本当なら不当労働行為であり、ほおってはおけないので、電話終了5分後、当時の所属組合に、区教委に確認してもらうよう電話を入れましたが、これもDDI記録に残っています。
ところでラインズ和子さんは、DDI通話記録という物的証拠が残っている、などということは思い付かなかったらしく、何ら証拠がないと思い込み、電話は自分が主張するのみの上記@〜Kの部分だけで、「2分くらいでしかなかった」などと、『正論』、東京地裁提出『準備書面』、乙口頭尋問(速記録)などにおいて、臆面もなく公言していました。これはPTAの会議等でも公言していたと思われますが、その極度の臆面も無さを甲『正論』から抽出しましょう。
 「これは裁判で争われていますが、教諭側が裁判に出した書面を見ると、内容が完全にすり変わっている。私は『思想イデオロギー』なんて言葉も『首』『指導』なんて言葉も全く使ってないのに、M先生の手にかかれば都合のいいように、私がこうM教諭に抗議したように捏造されてしまっている」
 何にも物的証拠がないと思い込み、『内容』を『完全にすり変』え、『都合のいいように』『捏造』しきっていたのは、ラインズ和子さんの方だったことが、99年2月15日のラインズ和子さん本人尋問において、天下公開の法廷で、『DDI記録14分32秒』という物証が出ることによって、完膚なきまでに明らかになったのです。電話内容自体『抗議』などという日本語には当たらず、『脅迫』という日本語が適当でしょう。
 さて、ここでまた明らかなのは、原告・増田は、ラインズ和子さんを匿名で特定されないように配慮して「言ったことを言ったといい、したことをした」と書いたのであって、「言ってもいないことを言ったと言い、してもいないことをした、と言った」「虚偽の文章を配る信じがたい神経」(『正論』、『陳述書』)というラインズ和子さんの言葉こそ、またしても虚偽事実だったのであり、彼女の方が虚言を弄して、全国的に原告を誹謗中傷していた、ということです。『虚偽の文章を配る』だけでなく、全国的に発表し、天下公開の法廷でも『虚偽』を堂々と公言する『信じがたい神経』の持ち主は、ラインズ和子さんの方だったのです。