Home ■誰が、ラインズさおりを『不登校』『転校』『中退』に追い詰めたのか?


(1)ラインズさおりさんは『沖縄米軍基地』の授業を、土屋主張のように『アメリカの悪口』などとは思ってなかったのであり、これは土屋が虚偽事実を捏造して、公然と原告を誹謗中傷したものであること
@97年6月、増田は、教育計画にしたがって、中2地理『沖縄県』の授業に入りました。
7日(土)の授業参観日からNHK放映のビデオ『普天間基地』を使い、生徒に感想文を書かせ、この感想文をもとに24日前後から、紙上討論を始めました。

A6月26日(木)、ラインズ和子さんは、子どものさおりさんのクラスである『2年3組のPTA公報委員をやっている母親が』(99年2月15日東京地裁、口頭弁論速記録、以下『速記録』とする)「一見して『内容が偏っている』ただ事ではないと感じ(『正論』98年11月号『私が娘の社会科教師を提訴した理由』)」ラインズ和子さんに見せて、この感想文を知りました。即ち、土屋の言葉は全くの虚偽で、ラインズ和子さんの子どもであるさおりさんが、『沖縄米軍基地』の授業で米軍批判が多かったのでイヤだと感じ、傷ついて、母親・ラインズ和子さんに、見せたのではありません。そしてラインズ和子さんは、この同じクラスの母親から受け取った、子ども達の感想文を読んで、『反米教育がものすごくて、震えた』(『速記録』、『正論』)という感覚の持ち主でした。

Bそこで同日、ラインズ和子さんは、校長に「学習予定に内容が示されてない、資料の内容に偏りがないか」と質問し、校長は謝罪しました。(『足立区教委報告書』による。以後、『区教委報告書』とする)『速記録』によると、ラインズ和子さんは、「あなたは、いろんな見解を校長先生に聞いたわけでしょう?」と問うた増田側代理人に「いいえ、私は、校長先生とかには、何も申し上げておりません。見解も校長先生からは聞いておりません」と答えています。ラインズ和子さんが、この法廷での「真実を述べる」という宣誓を守っているなら、『区教委報告書』は、公文書において虚偽事実を書いたことになります。もし、この『区教委報告書』が事実を書いているなら、ラインズ和子さんは、『真実を述べる』という宣誓に違背し、天下公開の法廷において、偽証をしたことになります。
 ところで、土屋等が、その主張を展開しているインターネット『教育を正す掲示板』(以下『掲示板』とする)に、この『区教委報告書』の内容を、更に詳しくした、教委関係者、及びラインズ和子さんでなければ知り得ない『事実』を年表にまとめたものが、2000年7月12日に掲載されました。それによると「A(ラインズ和子)さんは、増田教諭の『反戦資料』(子どもたちの感想文のこと)について校長の見解を問う」「校長は年間指導計画にこの内容が示されてなかったことについてAさんに謝罪」となっています。ラインズ和子さんは、それを読んだとして、同月、15日に、同『掲示板』に手紙を出していますが、法廷で自分が言ったことをすっかり忘れているらしく、全く、この『区教委報告書』及び『掲示板』年表を肯定しています。即ち、ラインズ和子さんは、法廷でウソ=虚言を弄し、偽証を行っていたこと、『私は、校長先生とかには、何も申し上げておりません。見解も校長先生からは聞いておりません」』などと訴状や『正論』に書いていたことは、ウソであること即ち虚言を弄していたことを、自らインターネットで全国に暴露したのです。だいたい「私は、校長先生とかには、何も申し上げておりません。見解も校長先生からは聞いておりません」のが事実だったら、どうして「校長が謝罪」という行為をラインズ和子さんにしたのでしょうか。

C産経新聞98年8月23日朝刊に載った、ラインズさおりさん自身が綴ったという『心情』(これについてはラインズ和子さんが提供したことを法廷で彼女自身が認めています)によると「米軍基地のプリントに関してやる授業の方が楽といえば楽でした・・・理解できないから楽だったのであって、もし、知っていれば自分が攻撃されているようで恐かったと思います」と書いています。また、ラインズ和子さんの子どものさおりさんは都教委の聞き取りに対して『「お母さんに教えられて反米的でいやだった」と言った』と書いています。

以上A〜Cが意味するのは、
 被告・土屋による「最初から最後まで、父親の国であるアメリカの悪口が書いてあるので(ラインズ和子さんの子どものさおりさんが傷ついて)、お母さんにプリントを見せた」という7月1日、北千住駅頭での街頭宣伝は、全くの虚偽事実であり、虚言を弄した、ということです。
また、ラインズさおりさん自身は、通常の子どもの場合と同じく、沖縄県における米軍基地被害の事実について社会科の授業で教えられたことに対して、『反米』とも『父親の国であるアメリカの悪口』とも、なんとも感じていなかったから、『楽だった』という感想を持っていたのであり、ごく健全な感性を持っていたのに、母親のラインズ和子さんが、社会科で沖縄米軍基地による人権侵害の事実を教え考えさせることを『反米攻撃のすさまじさに震える』という感覚を持った、あくまでも親の自己の視点から、さおりさんに介入・干渉したのです。その結果、ラインズ和子さんの子ども・さおりさんは、「お母さんに教えられ」「反米的でいや」、反米と「知っていれば、自分が攻撃されているようで恐かったと思う」となったのです。即ち、6月27日の授業の時は、さおりさんは普通の中学2年生の子どもとして『反米』などとは何も感じず『楽だった』のに、半年後の12月17日には、「お母さんに『反米攻撃、アメリカを糾弾するための授業だったんだよ』と教えられて」「知っていたら恐かったと思う」「いや」と感じてきたのです。これこそ、母親が己が子どもを私物視し、洗脳・マインドコントロールしていったということです。まこと『家庭』とは365日、洗脳の場です。これは、近年問題となっている、一見、子ども思いの言動と見えて、実は、子どもをスポイルしていく、歪んだ親の『ソフトな虐待』=過干渉・過介入の犠牲の典型とも言え、痛ましさに堪えません。
 なお、ラインズ和子さんは、沖縄米軍基地の存在から生じる人権侵害問題の事実を教え、考えさせることを『反米攻撃のすさまじさに震える』という感覚を持つ人物であると同時に、前掲『正論』によれば『中学2年生というこの時期に物事を考える上で、批判を出発点にするのは絶対におかしい。多感なこの時期の子どもは、相手を評価することや認める能力を先ず磨くことが必要なのではないか』という考えの持ち主として、即ち『米軍基地被害に対して批判を出発点にするのは絶対におかしい。多感なこの時期の子どもは、米軍を評価することや認める能力を先ず磨くことが必要なのではないか』、というような、教育には素人の、教育に対して無責任な、あくまでも親の視点から、このような言動を取ったのです。

D6月27日(金)、増田の全く知らないところで、ラインズ和子さんは、教頭に増田の授業を『極めて反米的』と電話しています。また区教委には「反米教育、思想教育、行き過ぎ」(「足立十六中教頭メモ」による。以下『教頭メモ』とする)などと、増田の全く知らないところで約1時間にわたり電話しました。ラインズ和子さん自身によれば、「一体、どうして、こうした教育がまかりとおっているのだ」(『正論』)と思い、区教委に『見解を聞くために』(彼女の訴状、『正論』とも同じ文章)区教委に電話した、ということです。
 ところで、この後、PTA連絡網が回り、それを知った他の子どもから質問されて、増田はラインズ和子さんの行為を『教育委員会の圧力を利用することによって、授業内容への干渉を企てた』ものと察知し、教材プリントにおいて匿名で特定されないように配慮した上で、教師の責務として、生徒に批判、説明しました。それに対してラインズ和子さんは「区教委には、『見解』を聞いただけであり、自分の意見は言っていない。それなのに、してもいないことを、した、と言われた」と前掲彼女の訴状、『正論』に書いています。たぶんPTAの会合等でも、公言していたものと思われます。
 東京地裁民事第19部の3裁判官は、前記『教頭メモ』にある、ラインズ和子さんの言葉『反米教育、思想教育、行き過ぎ』という、れっきとした証拠を無視して、『被告(ラインズ和子さんのことであるので、「原告」と記載しなければならないところを「被告」と間違えて記載!)は右電話において被告の授業を批判していない』(99年12月13日判決文)という、驚くべき『事実認定』を行いました。ところが、前記『掲示板』においては、ラインズ和子さんが『右電話において』、何と「『アメリカを糾弾する内容の学習が行われた』と指導室に電話」と記載されているのです。そして、ラインズ和子さんは、これを見た後『掲示板』への手紙で、これを全く否定していません。
 即ち、ラインズ和子さんは『教委に見解を聞いただけ』どころではなかったのであること、明白に『こんな、アメリカを糾弾する内容の学習、授業をさせていいのか、させるな』という電話をしていたのであること、即ち、訴状にウソ=虚偽事実を書き込んだことを、自らインターネットで全国に暴露したのです。即ち地裁3裁判官は『虚偽事実』を『事実』と認定したことが、ラインズ和子さん自身によって、インターネットで全国に、暴露されてしまったのです。
 なお、被告・土屋は、『教頭メモ』について、原告・増田が、これを盗みでもしたかのような誹謗中傷を行っていますが、ラインズ和子さん自身が法廷において、『原告(増田)は勤務時間を守って仕事をしていたこと』を証言しているのですから(増田は、勤務時間中にできなかった仕事は自宅に持ち帰っていたのであって、これは、たいていの教員がやっていることであり、勤務時間を終えて帰宅することを誰からも誹謗中傷される謂れはありません)、常に増田は教頭より遅く学校に行き、教頭よりも早く学校を出ていたのであり、『教頭のメモ・ノートを盗む』機会など有り得ないことは明らかです。これは、足立十六中にあっても、校長・教頭の反教育的、反民主主義的言動に憤りを覚えている教職員は、増田以外にもいた、ということの証明で、足立十六中の名誉をわずかでも救うものです。「原告・増田が教頭メモ・ノートを盗んだ」かのような被告・土田の主張は、誹謗中傷の典型であり、俗に言う『下司の勘繰り』以外の何者でもなく、被告・土屋の人格を示して、余りあります。