「国際的に恥をさらす」歴史認識を披露した大江尋問 08/9/9

 昨日は、ご多忙にもかかわらず、「都教委糾弾『不当免職』取り消し」裁判・都教委側証人尋問に午後1時半から5時という長時間にもかかわらず、多数の傍聴参加をいただき、たいへんありがとうございました。満席となり、席が足りない時もあったようで申し訳ありません。

 昨日は先ず、06年3月末の免職処分に至る05年8月30日付の私の戒告処分&研修処分を企画!? した二人の男の尋問でした。

 一人は大江近(現・渋谷区立上原中学校校長、元社会科教員、当時の都教委指導部義務教育心身障害教育指導課長)。もう一人は樋川宣登志(現・世田谷区立八幡山小学校副校長、元社会科教員、当時の都教委人事部課務担当係長)。

 大江のほうは現場には15年しかいず、指導主事になった男で現在56歳ぐらい、樋川のほうは1989年に教員採用され、やはり16年しか現場にいず05年「管理職候補者研修として、都教委人事部課務担当係長として配属され」そこで、増田への05年8月30日付「戒告処分」を立案したそうです。現在、42歳ぐらいです。

 添付ファイルにしますので、お時間のある時に開いていただけたら幸いです。

次回は10月2日(木)、10時10分〜17時まで705法廷です。

●10:10〜12時までは、当時の九段中校長の尋問。
 実は意外!? だったんですけど、当時の九段中校長(まだ現職の区立中校長)は本当に感動的なくらい正直で真っ当な人だったのです。『現在、東京都で管理職になるようなのは、みんな授業をすることがいやになった出世主義者で、都教委のどんな無法・理不尽に対してもヘイコラ服従する人ばかり』という私が抱いていた管理職に対する偏見を反省中です。

 ですから、この校長は、なんと増田・原告側の証人なので、「校長が都教委の敵性証人として出廷」という希少価値を持つシチュエーション!? です。都教委にとっては内部告発の「爆弾証言」となるものばかりでしょう。

●13:10〜17時まで
*守屋一幸、尋問
 当時の東京都教職員研修センター企画部企画課長、現在・指導部高等学校教育指導課長

*種村明頼、尋問
 当時の東京都教職員研修センター研修部企画課統括指導主事、
現在・杉並区教委、教育人事企画課長

  この二人は、拙著『たたかう! 社会科教師』の第3章「教職員研修センターという名の『強制収容所』、第4章「『懲罰研修』による教員の思想統制」の主要登場人物!? です。
 
 また、種村は私に対する愚劣この上ない研修を恥ずかしげもなく強制した功!? でしょうか、私が「超不当免職」された06年3月31日で研修センターの統括指導主事をやめ、4月1日付で杉並区教委の指導室長となりました。そして、彼の指導室長としての最初のお仕事は杉並区立中校長会で「教員たちに生徒の前で、絶対に扶桑社歴史教科書を批判させるな」と校長たちを指導することだった、とのことです。

●08年9月8日、都教委糾弾「不当免職取り消し」裁判都教委側証人尋問報告←クリック