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平成１８年（ネ）第３８４４号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 増田都子
被控訴人 東京都
控訴理由書
２００６年１０月３日
東京高等裁判所第２２民事部 御 中
上記控訴人訴訟代理人
弁護士 和久田 修
記
第１ 控訴理由の１ー「本件情報開示」は、東京都情報公開条例第７条２号に違反し、控訴人に対する不法行為を構成すること
１ 原判決の見解
原判決は、公開条例違反について、「�@公開条例７条２号は、個人のプライバシー保護の観点から、原則として、特定の個人を識別することができる情報を非開示とするところ、本件各文書は、原告の第２処分の理由を記載した処分説明書、研修命令を記した発令通知書、服務事故に関する服務事故報告書、研修状況を記した研修状況報告書であるから、原告に関する情報で、かつ、原告を識別することができるものである。また、・・・「東京都情報公開条例の施行について」と題する東京都知事名の通達（乙１３）によれば、公務員等の勤務態度、勤務成績、処分歴等職員としての身分扱いに係る情報は、７条２号ただし書きハの「職務の遂行に係る情報」には当たらないとされていることを重視すれば、本件各文書は、公開条例７条２号の定める非開示情報に該当すると解すことは可能である。
�Aしかしながら、そもそも本件情報提供は、本件議員らの公開条例６条の定める開示請求に基づくものと認めることはできない上、�B公開条例は、公文書の開示を請求する都民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的推進に関し必要な事項を定めるものであり（公開条例１条）、前記７条２号も、７条本文が公文書の開示義務を定めているのに対し、その除外事由の一つとして規定されているのにすぎないから、公開条例は、実施機関において、７条２号に該当する文書の開示請求につき、これを拒むことができることを明らかにするにとどまり、７条２号の存在を、同号に該当する文書を任意に開示等する行為を直ちに違法行為とみなす根拠規定として位置付けることはできないというべきである。したがって、本件情報提供が公開条例７条２号に違反するから、それをもって当然に原告のプライバシー権が侵害されたと認めるべきであるとする原告の主張は採用できない。」とし、
さらに、「�Cなお、前記通達によれば、７条２号では、個人のプライバシーに関する情報であると明らかに判別できる情報のみならず、個人のプライバシーに関する情報であると推認できる情報も含めて個人に関する一切の情報は原則として非開示としたとされている（略）ところであり、公開条例自体においても、同条２号の非開示情報が、直ちに、プライバシーに該当するものとは限らないことを許容していると解される。したがって、この点に照らしても、同号違反の情報公開があったとしても、当該情報提供が、直ちに、プライバシー侵害の不法行為を構成するものではなく、後記のとおり、個別具体的に、プライバシー侵害の有無を判断する必要が生ずることになる。また、原告は、公開条例違反により、自己の情報をコントロールするという意味におけるプライバシー権が侵害されたものである旨の主張もするが、その主張するような自己情報コントロール権がプライバシー権の内容に含まれるとしても、本件情報提供により提供された情報が自己情報コントロール権の対象となるべき情報に当たるかなどにつき、個別具体的な検討を必要とすることについては変わりはないというべきである。
なお、原告は、教育庁が、伊沢議員に対して、公開条例７条２号に基づき、本件各文書等の開示を拒絶したことから、本件情報提供が違法なものであったと主張するが、前記のとおり、情報公開請求に対して、行政庁において、本件各文書が公開条例７条２号に該当するものとして開示を拒絶したことがあるとしても、それをもって直ちに、行政庁が任意に当該情報を開示したことが原告のプライバシーを侵害したものと認める根拠にはなり得ないから、原告の主張を採用することはできない。」と判示した（なお、�@、�A・・の番号は代理人が付したものである。）。
原判決の上記判示は、本件情報開示が公開条例７条２号に違反するか否か、という中核的論点に対して判断することを避け、さらに、本件情報開示により開示された情報（以下、「本件情報」という。）がプライバシー権を侵害するか否かを個別に判断する必要があるとして、行政庁において公開条例に違反する行為があったとしても、当該行政庁には何ら責任が生じない可能性があることを認めたものであり、きわめて不当である。
原判決の上記判示は、行政が、「行政行為は法律に拠って行われねばならない」という行政法律主義を実質的に潜脱することを認めるに等しく、本件について言えば、行政の恣意的操作により、法令に拠らずして個人情報を外部に漏洩することを認めるものであって、到底認められない。
以下、具体的に検討する。
２ 本件各文書は、公開条例７条２号に該当する非開示文書であること（原判決判示部分�@）
原判決は上記のとおり、「本件各文書は、公開条例７条２の定める非開示情報に該当すると解すことは可能である」と判示し、その該当性について明確な判断を避けている。
しかしながら、原判決は、「（本件各文書に記載された情報は）原告に関する情報で、かつ、原告を識別することができるものである。また、・・・「東京都情報公開条例の施行について」と題する東京都知事名の通達（乙１３）によれば、公務員等の勤務態度、勤務成績、処分歴等職員としての身分扱いに係る情報は、７条２号ただし書きハの「職務の遂行に係る情報」には当たらないとされていること」を認めているのであるから、本件各文書が公開条例７条２号に定める非開示情報に該当することは明らかであって、これを「・・と解すことは可能である」などと曖昧な表現をすることは、法解釈上、到底許されるものではない。
かかる解釈ないし表現は、被控訴人が公開条例上、非開示文書である本件各文書をあえて開示したという事実を曖昧にし、さらに後述するように被控訴人が行政法律主義に反する条例違反行為を行ったという事実認定を意図的に避けるものであってきわめて不当である。
したがって、原判決の上記判示部分�@の「・・・と解すことは可能である」との判示部分は誤りであり、本件各文書が公開条例７条２号に該当する非開示文書であることが明示されなければならない。
３ 本件情報開示が公開条例７条２号に違反すること（原判決判示部分�A�B）
�@ 原判決は、「そもそも本件情報提供は、本件議員らの公開条例６条の定める開示請求に基づくものと認めることはできない」（原判決判示部分�A）としていながら、原判決は、本件情報開示が、公開条例上いかなる規定に基づいて開示されたものであるか、ということについては全く触れていない。
これは、行政行為が法令に基づいて行われなければならないという行政法律主義の観点から、きわめて不当な判示であることは多言を要さない。すなわち、本件情報開示が公開条例６条に基づく開示でなければ、公開条例上いかなる規定に基づく「開示」なのかが明らかにされなければ、行政法律主義に反する違法な「開示」ということになるのであって、原判決が本件情報開示の違法性を否定する根拠としたことと大きく矛盾することになるのである。
また、仮に、原判決の上記判示が、公開条例７条２号に定める非開示文書を行政が全くの自由裁量で開示する余地があることを示したものであるとすれば、公開条例という法令が存在することとの整合性が失われることになるのであって、いずれにしてもきわめて不当な判示であることに変わりはない。
�A さらに、原判決は、「争点」の項における「被告の主張」として、「本件情報提供は、・・・公開条例３章に定める「情報提供」によるものである」（原判決１８頁）と記載されており、これに対応する原告の主張としても、不正確ながら、「公開条例６条に基づく公文書開示によらずに個人情報が提供された場合、公開条例の適用がないということになれば、同条例において、非開示情報を定めた趣旨が没却される。」（原判決１６頁）と記載されている（控訴人は、原審準備書面第１、２以下において、公開条例３章に定める「情報提供」によるものとする被控訴人の主張に対して、詳細に反論しているが、原判決の「原告の主張」の項には正確に記載されていない。）。
原判決自身が認めた争点に関して、原判決は、上記のように、「公開条例６条に定める開示請求に基づくものと認めることはできない」と断ずるだけで、原被告の主張に対する判断及びその理由を示していないのであって、民事訴訟の大原則である弁論主義にも反していると言わざるを得ないのである。
�B 仮に、本件情報開示が公開条例３章に定める「情報提供」に基づくものであるとの被控訴人の主張を原判決が認めたものであるとすれば、これもまたきわめて不当かつ誤った解釈であることは明らかである。
このことは、原審における原告準備書面第１，２以下において詳細に述べているところであるので、これを援用する（原判決は、控訴人のこの部分に関する判断を全く示していない。）。
一点だけ補充すると、現行の公開条例の施行に対する通達（乙１３）においても、総則規定である第３，４条の「趣旨・運用」の項に、「『個人に関する情報がみだりに公にされることのない』とは、思想、心身の状況、病歴、学歴、職歴、成績、親族関係、所得、財産の状況その他個人に関する一切の情報は、公開を原則とする公文書開示制度の下においても、最大限に保護されるべきであり、正当な理由なく公にされてはならないことを明らかにした趣旨である」（第３条）とされ、さらに、その運用について、「個人のプライバシーに関する情報が記載されている公文書については、第２章第１節（公文書の開示ー代理人註）に規定する公文書の開示をする場合はもとより、・・・・第３章に規定する情報公開の総合的な推進（被控訴人が「情報提供」の根拠にしている部分ー代理人註）を図る場合においても、本条の趣旨を踏まえて。最大限の配慮をするものとする。」とされている。
さらに、同通達は第４条の運用について、「公文書の開示によって得た情報が、不適正に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる場合には、当該使用者にその中止を要請するものとする」とされていることが認められる。
そして、原審における原告準備書面第１，２以下に述べているように、上記公開条例第３，４条は、第１章総則に規定されているのであるから、当然、第３、４条の趣旨、運用については、被告が主張するところの公開条例第３章以下にその根拠を有する「情報提供」についても、妥当する。そして、公開条例第２章に規定されている公文書開示制度の下では、上記第３，４条の趣旨、運用（上記個人情報が「最大限に保護されるべき」ものであること）を受けて、第７条において、非開示とされていることは明らかである。
このように、総則によって、「最大限の保護」ないし「最大限の配慮」を要請されていることを受けて、公開を原則とする公文書開示制度においても非開示とされている個人情報が、行政機関の一定の裁量によって開示することのできる「情報提供」（公開条例３章）によって開示が許される、などという解釈があり得ようはずがないことは余りにも明らかである。このような解釈が許されるのであれば、公開条例の執行機関自らが、公開条例で個人情報の保護を定めた趣旨を没却することになることは前述したとおりである。
�C 以上のとおり、原判決判示部分�Aについても不当かつ誤りであり、その 取消は免れない。
�@ 原判決は、さらに、「公開条例は、公文書の開示を請求する都民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的推進に関し必要な事項を定めるものであり（公開条例１条）、前記７条２号も、７条本文が公文書の開示義務を定めているのに対し、その除外事由の一つとして規定されているのにすぎないから、公開条例は、実施機関において、７条２号に該当する文書の開示請求につき、これを拒むことができることを明らかにするにとどまり、７条２号の存在を、同号に該当する文書を任意に開示等する行為を直ちに違法行為とみなす根拠規定として位置付けることはできないというべきである」（原判決判示部分�B）と判示している。
しかしながら、かかる解釈は、被控訴人を救済するために編み出した恣意的かつ一方的な独自な解釈と言わざるを得ず、きわめて不当である。
�A 原判決は、上記のとおり、「前記７条２号も、７条本文が公文書の開示義務を定めているのに対し、その除外事由の一つとして規定されているのにすぎないから、公開条例は、実施機関において、７条２号に該当する文書の開示請求につき、これを拒むことができることを明らかにするにとどま」るものとして、あたかも公開条例７条２号に基づく非開示が法的義務ではなく任意規定であるかのように判示している。
しかしながら、「東京都情報公開条例の施行について（通達）」（乙１３）は、「第７条関係（公文書の開示義務）」（本文）の趣旨について、「本条は、実施機関は、開示請求があったときは、開示請求に係る公文書に本条各号のいずれかに該当する情報が記録されている場合を除き、当該公文書を開示しなければならないという原則公開の基本的考え方を定めたものである」としている一方、「第７条第２号関係（個人情報）」の趣旨については、「本号は、個人の尊厳及び基本的人権の尊重の立場から、個人のプライバシーを最大限に保護するため、特定の個人を識別することができるような情報が記録されている公文書は非開示とすることを定めたものである」とし、さらに、同号の「運用」の項で、「本号は、個人に関する一切の情報は非開示を原則とする趣旨である。したがって、開示請求者が、自己に関する情報について開示請求をした場合であっても、第三者からの開示請求の場合と同様に扱う」としていることが認められる。
このように、公開条例７条２号については、同号イないしハに該当する個人情報を除いては「一切の情報は非開示」であること、すなわち「開示してはならない」というのが、その趣旨であることは明白であり、原判決の言うように、「
公開条例は、実施機関において、７条２号に該当する文書の開示請求につき、これを拒むことができることを明らかにするにとどま」る、というようなものでないことは通達の文面上明らかである。
また、上記通達における７条本文に関する表現（「当該公文書を開示しなければならないという原則公開」）と７条２号に関する表現（「本号は、個人に関する一切の情報は非開示を原則とする趣旨」）とを比較してみても、原判決の言うように、「７条本文が公文書の開示義務を定めている」と法的義務を定めていると解するのであれば、「一切の情報は非開示」としている７条２号の非開示文書の規定も当然、「開示してはならない」という法的義務を課しているものと解されることは明らかである。実際にも、そう解さなければ、「本号は、個人の尊厳及び基本的人権の尊重の立場から、個人のプライバシーを最大限に保護するため、特定の個人を識別することができるような情報が記録されている公文書は非開示とすることを定めたものである」とした７条２号の趣旨が没却されることもまた明らかである。
�B 以上から、本件情報開示が、公開条例７条２号に違反する違法な開示であったことは論を待たず、これを違反しないとした原判決判示部分�Bは不当かつ誤りであり、その取消は免れない。
以上のとおり、本件情報開示を直ちに違法行為とみなす根拠規定として位置づけることはできないとした原判決の誤りは明白である。
４ 本件情報開示が控訴人に対する国家賠償法上の不法行為を構成すること（原判決判示部分�C）
原判決は、さらに、「なお、前記通達によれば、７条２号では、個人のプライバシーに関する情報であると明らかに判別できる情報のみならず、個人のプライバシーに関する情報であると推認できる情報も含めて個人に関する一切の情報は原則として非開示としたとされている（略）ところであり、公開条例自体においても、同条２号の非開示情報が、直ちに、プライバシーに該当するものとは限らないことを許容していると解される。したがって、この点に照らしても、同号違反の情報公開があったとしても、当該情報提供が、直ちに、プライバシー侵害の不法行為を構成するものではなく、後記のとおり、個別具体的に、プライバシー侵害の有無を判断する必要が生ずることになる」として、本件情報開示が公開条例７条２号違反であるとしても、直ちにプライバシー侵害の不法行為を構成するものではない、としている（原判決判示部分�Cーなお、原判決は、プライバシー権を自己情報コントロール権を含むとしても同様とする。）。
しかしながら、プライバシー権を自己情報コントロール権として把握する考え方は、憲法学会ではすでに通説的地位を占めているのであり（この点は控訴審においてさらに立証する）、このことを前提とするならば、行政が、本人の意思に反して、個人情報を法令（公開条例等）に違反して第三者に開示した場合は、自己情報コントロール権としてのプライバシー権を侵害されたことになるのは当然のことである。
とりわけ、本件の場合、本件各文書が広い意味での「個人情報」であることには争いがなく、かつ被控訴人が本件各文書を漏洩した相手は、日頃から控訴人を攻撃していた土屋都議らであったのであるから、本件情報開示（情報漏洩）は、明らかに控訴人の意思に反したものであったことが認められるのである。
したがって、本件情報開示が、公開条例７条２号に違反するものである以上、自己情報コントロール権としてのプライバシー権が侵害されたことが認められるのである。
また、本件は、純然たる私人間の問題ではなく、公的な行政権力が私人たる控訴人の個人情報をその意思に反して第三者に漏洩したという問題であり、これが控訴人の権利侵害行為を構成しないことがあるとなれば、行政権力たる被控訴人は、自らが法令（公開条例及び個人情報保護条例）に違反するという違法行為を行っても、何ら責任を問われることはない、という結果になるのであり、これが著しく不合理であることは多言を要さないところであって、単なる私人間におけるプライバシー権侵害の有無と位相を大きく異にすることに留意されるべきである。
以上から、被控訴人の公開条例７条２号違反という違法行為とプライバシー侵害の有無を区別する上記原判決判示部分�Cの誤りも明らかであり、その取消は免れない。
５ 小括
以上のとおり、公開条例違反の有無に関する原判決の判示はあらゆる意味で不当かつ誤っているので、原判決の取消は免れない。
第２ 控訴理由の２ー個人情報保護条例違反について
１ 原判決の見解
原判決は、「本件情報は、原告に関する情報で、原告であることを識別できるものであるから、個人情報保護条例上の「個人情報」（個人情報保護条例２条）に該当するというべきである。また、・・・「東京都個人情報の保護に関する条例の施行について」と題する通達には、個人情報保護条例１０条２項６号の「実施機関等」とは、東京都議会及び東京都公安委員会を指すものとの記載があり、・・・平成２年の、都議会定例会における個人情報保護条例策定時の議論においても、当時の鈴木都知事から、個人情報の目的外利用、提供先は、国及び地方公共団体に限られるとの答弁がなされ、同年の都議会総務生活文化委員会では、飯沼参事から、目的外利用、提供の適用除外とされる「他の実施機関等」とは、東京都議会、東京都公安委員会を指すとの答弁がされていることを重視すれば、「実施機関等」の「等」とは、制限的に解すべきであり、東京都議会及び東京都 公安員会に限られると解すことは可能である。（略）
したがって、このような理解を前提にした場合には、本件情報提供は、本件各文書を保有する都教委が、実施機関等に該当しない、本件議員らに対して、個人情報である本件各文書を提供したものであり、個人情報保護条例１０条に違反するものということになる。」と一応、本件情報開示が個人情報保護条例１０条に違反することを認めながら、「個人情報保護条例は、積極的、消極的意味でのプライバシーの権利保護を目指したものであると解されてはいるが、個人情報保護条例における個人に関する情報とは、・・・思想、心身の状況、病歴、学歴、職歴、成績、親族関係、所得、財産の状況その他一切の個人に関する情報を指すものとされ、極めて概括的、包括的に規定されており、このような情報が全て私法上の権利として保護されるべきプライバシーに該当するものと即断することはできない。
ことに、公務員の職務の遂行に係る情報については、当該情報のうち、当該公務員の職及び当該職務遂行の内容に係る部分は、前記ア記載のとおり公開条例上（７条２号ハただし書き）、あるいは「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」上（５条１号ハ）、非開示情報から除外されるものとされているから、このような点も考慮すると、本件情報提供が、私法上、原告のプライバシーを侵害する不法行為に当たるか否かを個別具体的に検討する必要があるというべきである。したがって、個人情報保護条例１０条及び１１条違反の情報提供があったとしても、これにより当該情報提供が直ちにプライバシー侵害の不法行為を構成するものと解するのは相当でなく、これと異なる理解に立つ原告の主張は採用できない」と判示した。
しかしながら、本件情報開示が個人情報保護条例に違反すること、さらに、個人情報保護条例が積極的な意味でのプライバシーの権利保護を目指したものであることまで認めながら、公開条例の解釈と同様の手法で、「私法上、原告のプライバシーを侵害する不法行為に当たるか否か」を「個別具体的に検討する必要がある」としたのは、まさに欺瞞的解釈とも言うべきであり、到底納得できるものではない。
以下、検討する。
２ 本件情報開示が個人情報保護条例１０，１１条に明らかに違反すること
原判決は、上記のとおり、「・・・「実施機関等」の「等」とは、制限的に解すべきであり、東京都議会及び東京都公安員会に限られると解すことは可能である。」とし、「したがって、このような理解を前提にした場合には、本件情報提供は、本件各文書を保有する都教委が、実施機関等に該当しない、本件議員らに対して、個人情報である本件各文書を提供したものであり、個人情報保護条例１０条に違反するものということになる。」と本件情報開示が個人情報保護条例１０条に（したがって、１１条にも）違反することを一応認めている。
しかしながら、原判決が挙げた根拠からすれば、個人情報保護条例１０条の「実施機関等」の「等」は制限的に解する外はなく、正面から、本件情報開示が個人情報保護条例１０，１１条に違反することを明記すべきである。そうすることが、本件のような行政の「暴走」とも言うべき行為を抑止することにもなるからである。
以上から、本件情報開示が個人情報保護条例１０条に違反することを曖昧な表現にした上記原判決判示部分は誤りであり、明確に同条例違反を認めるべきである。
３ 本件情報開示が国家賠償法上の不法行為を構成すること
原判決は、上記のとおり、結局、個別具体的にプライバシー侵害の有無を判断することを要する、と判示したが、前記第２，４記載のとおり、本件は単なる私人間の問題ではなく、行政権力と私人との間の問題であり、行政が自らが拠って立たねばならない法令（条例）に違反し、かつ本人（控訴人）の意思に反して、個人情報である本件情報開示（漏洩）を行った以上、その時点で、プライバシーの侵害が生じることは明らかである（この点については、前記第２，４を援用する。）。
なお、原判決は、「公務員の職務の遂行に係る情報については、当該情報のうち、当該公務員の職及び当該職務遂行の内容に係る部分は、前記ア記載のとおり公開条例上（７条２号ハただし書き）、あるいは「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」上（５条１号ハ）、非開示情報から除外されるものとされているから、このような点も考慮す」べき、としているが、本件情報開示に係る個人情報が、上記の条項に規定する非開示情報から除外されるべきものでないことは、原判決自身が認めるところであり、このようなことを持ち出して、本件情報開示について、個人情報保護条例に違反することを認めつつ、さらに不法行為の成立の有無を別途考慮する根拠とすることはきわめて不当かつ不合理であると言わざるを得ない。
加えて、個人情報保護条例は、前述のとおり、個人情報保護条例が積極的な意味でのプライバシーの権利保護を目指したものであることを併せて考えれば、公開条例違反の場合以上に、上記のような解釈を行うべきであることもまた、当然である。
以上から、被控訴人の個人情報保護条例違反という違法行為とプライバシー侵害の有無を区別する上記原判決判示部分�Cの誤りも明らかであり、その取消は免れない。
第３ 控訴理由の３ープライバシー権侵害について
１ 原判決の見解の失当性
原判決は、法的保護を受ける個人の私生活上の情報（以下、「プライバシー」という。）を開示されないという期待は、人格権の一内容であるとする狭義のプライバシーの概念を基準として、本件情報開示による控訴人のプライバシー侵害の有無を判断している。
しかしながら、これまで述べてきたように、本件は、純然たる私人間の問題ではなく、公的な行政権力が私人たる控訴人の個人情報を本人の意思に反して第三者に漏洩したという問題であり、これが控訴人の権利侵害行為を構成しないとなれば、行政権力たる被控訴人は、自らが法令（公開条例及び個人情報保護条例）に違反するという違法行為を行っても、何ら責任を問われることはない、という結果になるのであって、これが著しく不合理であることは多言を要さない。
原判決は、この点を看過している点で失当である。
２ 個別具体的な検討（予備的）
原判決は、本件各文書を狭義のプライバシー概念を判断基準にして、本件各文書のうち、研修状況報告書の病気欠勤の部分だけをプライバシー侵害にあたるとし、さらにその部分についても、不法行為を構成するほどの違法性はない、と判示している。
仮に、本件情報開示が公開条例及び個人情報保護条例に違反する違法なものであるとしても、不法行為と評価できるか否かについては、個別具体的な検討を要するとしても、やはり法的保護に値するプライバシーの内容は、原判決の言うような狭義の概念に止まるものではなく、公知性を欠く知られたくない自己の情報を本人の意志に反して第三者に漏洩されること自体が、プライバシー権ないしは人格権の侵害となると解するべきである。
このように考えた場合、少なくとも本件各文書のうち、服務事故報告書の区教委見解及び研修状況報告書については、全く第三者に対する開示を予定していない文書であり、かつ、本人でさえ開示を受けることができないものであることは明らかであるから公知性はなく、本人自身も第三者に知られることを決して欲しない情報であることは明らかである。
一方、万歩譲って、本件議員らに対する本件情報開示が、教育行政の「適切」な監視に資するものであったとしても、上記区教委の見解や研修状況などは、都議会や委員会の場における質疑の中で明らかにすれば足りることであり、本人に対してすら開示しない個人情報を文書の形で公開条例及び個人情報保護条例に違反してまで、本件議員らに開示する必要性のかけらすら認められないのである。
かかる情報の漏洩までもが、狭義のプライバシー概念にとらわれるのであれば、全く不法行為を構成しない、というのは健全な法感情にも反することは明白である。
さらに言えば、病気に関する情報など私生活上の知られたくない事柄を自らを誹謗中傷している本件議員らに、開示されること自体、人格権の侵害となることもまた明らかであり、これを違法性がないとすることは到底許されない。
以上から、プライバシー侵害の有無を個別具体的に検討するとしても、不法行為を構成しないとした原判決の判断は失当である。
第４ 控訴理由の４ー被控訴人に故意・過失が認められ、相当因果関係も認められること
１ 原判決は、補論的に、被控訴人担当者には、本件書籍に掲載されることに対する予見可能性はなく、同書籍に掲載されたことによって控訴人に生じた損害_との相当因果関係も認められない、と判示する。
２ しかしながら、本件議員らが控訴人を継続して都議会においても街頭においても、誹謗中傷行為を継続反復して行っていたことは公知の事実であって、本件各文書を開示すれば、何らかの形で公表するであろうことは当然に予見できた、というべきである。
また、仮に、そうでなくとも、公知性を欠く本人が知られたくない個人情報を、その本人（控訴人）を攻撃している第三者（本件議員ら）に開示すること自体、控訴人の人格権ないしはプライバシー権の侵害となることは、前記第４に述べたとおりである。
３ 以上から、本件情報開示については、被控訴人の故意ないしは過失が認められると共に、控訴人に生じた損害との相当因果関係も優に認められるのである。
第５ まとめ
以上のとおりであるから、原判決の取消は免れず、控訴人の請求は速やかに認容されるべきである。
以 上
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