2006年9月15日
東京地方裁判所民事部 御中

原告訴訟代理人    
弁護士  和久田 修

同   萱野 一樹

同   寒竹 里江

同   萩尾 健太

当事者の表示   別紙当事者目録記載のとおり

分限免職処分取消等請求事件
訴訟物の価額 金780万円
貼用印紙額 金4万2000円

請求の趣旨

1 被告東京都教育委員会が原告に対してなした2005年8月30日付戒告処分を取り消す

2 被告千代田区教育委員会が原告に対してなした2005年9月1日付及び同月20日付研修命令処分は無効であることを確認する

3 被告東京都教育委員会が原告に対してなした2006年3月31日付分限免職処分を取り消す

4 被告東京都は、原告に対し、2006年4月1日から毎月15日限り金46万0096円、毎年6月30日限り金93万9636円、毎年12月10日限り金96万9000円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みに至るまで年5%の割合による金員を支払え

5 被告東京都は、原告に対し、金300万円及び内金50万円については2005年8月30日から支払済みに至るまで、内金50万円については2006年3月31日から支払済みに至るまで、内金200万円については2006年3月31日から支払済みに至るまでそれぞれ年5%の割合による金員を支払え

6 訴訟費用は被告らの負担とするとの判決並びに第4,5項につき仮執行の宣言を求める。

請求の原因

第1 当事者
1 原告は、東京都に採用された中学校教員であり、本件各処分当時千代田区立 九段中学校に勤務する社会科教員であった。

2 被告東京都処分行政庁東京都教育委員会(以下、「都教委」という。)は、原告に対して、2005年8月30日付戒告処分(以下、「本件戒告処分」という。)及び2006年3月31日付分限免職処分(以下、「本件分限免職処分」という。)を発令した処分者である。

3 被告千代田区処分行政庁千代田区教育委員会(以下、「区教委」という。)は、原告に対して、2005年9月1日付及び同月20日付研修命令処分(以下、「本件研修命令処分」という。)を発令した処分者である。

4 被告東京都は県費負担者として、原告に対し、給与を支給し損害賠償責任を負うものである。

第2 都教委による本件分限免職処分とその理由について
1 都教委は、2006年3月31日付で、原告に対して本件分限免職処分を発令した。
 
2 その理由は概略次のとおりである。
A 原告は、1998年11月17日付減給処分(減給10分の1・1ヶ月)及び1999年7月28日付減給処分(減給10分の1・1ヶ月)の二度の懲戒処分を受け、

B 上記二度にわたる懲戒処分の件で、2年7ヶ月間研修を実施したにもかかわらず、

C 2005年6月下旬頃から同年7月上旬ころまでの間、「特定の個人等」(後述のとおり古賀俊昭都議会議員及び「新しい歴史教科書をつくる会」をさす)を誹謗する授業を行ったため、2005年8月30日付で本件戒告処分を受け、

D この戒告処分の件で、2005年9月1日付及び同月20日付の本件研修命令処分を実施したにもかかわらず、

E 同研修期間中にも、抗議を行ったり、集会において保護者を誹謗するビラを配布するなどの不適切な行為を繰り返したりするなど、研修の成果が上がらなかった、

F 以上から、原告は、教育公務員としてはもとより、公務員としての自覚や責任感が著しく欠如し、その職に必要な適格性に欠くものであり、地方公務員法28条1項3号の規定に該当する、というものである。

3 要するに、原告は、何度も同様の非違行為を繰り返し、研修によっても矯正できない、よって、原告は(教育)公務員としての適格性を欠くというのである。
 しかし、過去の二度の減給処分と本件戒告処分を同列に論じ、2年7ヶ月の研修を実施したにもかかわらず、また同様の非違行為を行ったなどと主張することは不当である。本件戒告処分は、次に詳述するとおり全く内容を異にしており、何ら懲戒処分の対象となるものではなく、本件戒告処分には理由がない。したがって、後述するとおり、それを理由とした本件研修命令処分にも理由がない。
 そうすると、「何度も同様の非違行為を繰り返し、研修によっても矯正できない」という本件分限免職処分にも理由がないこととなる。
 そこで、以下、まず本件戒告処分に理由がないこと、つぎに本件研修処分に理由がないこと、そして最後に本件分限免職処分に理由がないことについて述べる。
 なお、過去二度の減給処分及び二回目の減給処分後の2年7ヶ月にわたる原告に対する長期研修についても、原告はその是非を争い敗訴しているが、その本質は、原告がその教育実践として行ってきた「紙上討論授業」の内容及び方法(後に詳述する。)に対する不当な政治的介入というべきものであって、何ら「(教育)公務員としての適格性」に関わるものではない(この点の経過内容等については弁論において順次主張していく予定である。)。

第3 本件戒告処分の違法不当性
1 本件戒告処分の理由は、原告が、2003年6月末ころから同年7月上旬頃までの間、東京都千代田区立九段中学校第3学年A組、B組及びC組教室において、社会科公民の授業を行った際、特定の公人名(古賀俊昭都議会議員をさす)を挙げて、「国際的には恥を晒すことでしかない歴史認識を得々として嬉々として披露している」、「歴史偽造主義者達」という不適切な文言を記載し、また、特定の出版社名(扶桑社)を挙げて、「歴史偽造で有名な」という不適切な文言を記載した資料を作成し、使用したことは、全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であって教育公務員としての職の信用を傷つけるとともに、職全体の不名誉となるものであり、地方公務員法第33条に違反するというものである。

2 本件戒告処分に至る経過はつぎのとおりである。
A 原告は、従来から、通常の教科書を使用した授業を行いながら、ある社会問題をテーマにして、生徒達にこれに関する意見を書いてもらい、これを後日プリントにまとめて、これを生徒達が読んで、さらに、これらの意見に対する反論や考えをさらに文章にまとめる、といういわゆる「紙上討論」という授業方法を行ってきた。

 かかる「紙上討論授業」は、生徒達が、自らの考えを文章にまとめることで、論理的かつ主体的な思考を深め、さらに社会問題に関する議論を生徒相互がたたかわせることで、民主主義社会の構成員として不可欠な相互批判能力、社会性、自律的思考能力を身に付けることができるきわめて有用かつ教育的効果の高い教育方法として大きな成果を挙げ、以前勤務していた足立区立第十二中学校では、卒業生が、答辞の中で、原告の「紙上討論授業」を取り上げ感謝の意を述べるほどであった。
  
B 原告は、本件戒告処分当時の勤務校である千代田区立九段中学校においても、2004年度は2年生を、2005年度は3年生の社会科を担当し、学年が持ち上がりであったため、継続して、「紙上討論授業」を行ってきた。
 具体的には、次のような経過で授業を行ってきた。

@ 昨年10月頃、原告は、当時担当していた中学2年生の社会科の授業の中で、原爆の記録フィルム「予言」を生徒達に見せ、これをテーマに「紙上討論授業」を行った。

A さらに本年1月頃、同じ2年生の授業において、ビデオ「ガンジー」を見せ、同様に「紙上討論授業」を行った。
  
B 本年2月頃、やはり2年生の授業において、ビデオ「侵略ー語られなかった戦争パート1」を見せ、同様に戦争責任に関する「紙上討論授業」を行った。
   
C 本年3月末、原告は、2年生の授業において、1年間のまとめとして、本年3月1日に行われた韓国のノ・ムヒョン大統領の演説の全文を添えた教材プリントを配布し、ノ・ムヒョン大統領に手紙を出す形で自分の意見を書くか、これまでのテーマである「原爆」、「ガンジー(非暴力主義)」、「戦争責任」及び紙上討論授業そのものに関する意見をまとめる、という形で「紙上討論授業」を行った。

C 原告は、2005年6月末から7月初めにかけて、上記Cにおいて書かれた生徒達の意見をまとめたものに原告自らがノ・ムヒョン大統領宛という形で書いた手紙形式の文章を添えたものを記載した11枚のプリント(以下、これを「本件教材プリント」という。)を教材として配布した。
  
 そこには、生徒達の意見として、「原爆投下から60年が経った今も、何百年たったこの先も、この歴史の事実は変わることはありません。この歴史が再び繰り返されぬように、誰もが人間として生きていけるように、私たちが、これから少しずつ自覚していくことが大切だと思います。」、「なんで、真実を子どもたちに教えないのですか?日本が過去に行ったアジア侵略という悪いことは、まぎれもない真実ですよね?それを隠してどうなるんですか?・・・・日本が過去にやったことをきちんと認めて、私たち子どもに教えてくれることで、少しは、『あんな事はもう二度と起こしてはいけない』と子どもたちが思うようになるのでは?と思います。・・やっぱり、日本に都合の悪いことでも真実を教えるべきだと、私は思います。」などという真摯な意見が記載されている。

 また、原告が書いたノ・ムヒョン大統領への手紙の中には、日本が過去に行った韓国朝鮮への侵略行為に関する自らの思い、この事実をきちんと伝えようとしていない日本の社会科教育への疑問、自らの教育実践に対する思いなどが綴られており、日本の現状を紹介する一部として、古賀俊昭都議会議員が都議会で、「(太平洋戦争について)侵略戦争云々というのは、私は、全く当たらないと思います。じゃ、日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、・・・ことを具体的に一度聞いてみたいというふうに思います。」という発言が取り上げられている。
 なお、原告は、本件教材プリントを使用した授業を3年生の3クラスにおいて、各3時間ずつ行っている。
  
D@ 前記の授業が行われた後、その経路は不明であるが、本件教材プリントが都教委の入手するところとなり、これを受けて、都教委は、2005年7月25日付け「東京都教育庁指導部義務教育心身障害教育指導部長 大江近」名で、「千代田区教育委員会教育指導課長 酒井寛昭」宛てに、「1、本資料(註・本件教材プリントのことを言う。以下同じ)の取扱・2、本資料における生徒の意見の取扱について・3、本資料から、授業で使用したと想定されるビデオ及び文書資料について」の3点を照会事項とする文書を区教委に送付し、これを受けた区教委は、九段中学校校長に、上記資料の提出を求めていたところ、上記酒井らは、同年8月3日、「上記資料の提出を行わない場合には、職務命令をもって対応するように」との文書及び校長名の「職務命令書」をもって、九段中学校を訪れ、原告と直接会い、上記各資料の提出を求めた(なお、上記職務命令書は、校長自身が作成したものではなく、酒井が作成したものであった。)。

 A 原告は、酒井らに対して、各資料の提出は、教育内容の不当干渉にあたり教育基本法10条1項に違反する疑いが強いことを述べ、協議の結果、職務命令を撤回させ、回答期限を同年8月末とすることで合意がなされた。

 B 九段中学校校長根深得英(以下、単に「校長」という。)は、区教委の指示を受けて、同月4日付け「本校教員の服務事故」と題する報告書を区教委に提出した。同報告書には、「・・・問題が発生する可能性がある。・・なお、本件についてはすべて同区教育委員会の指示を受けながら、対応を行っている」と記載されている。通常、上記服務事故報告書の校長所見欄には、「・・・・なので、厳正な処分をお願いする。」等、校長自身の意思に基づいて処分を望む旨の文言が記載されているが、上記のとおり、上記報告書には、区教委の指示に従って作成した旨の文言しか記載されておらず、校長自身の意思ではなく、区教委の指示及び意向に従って、上記服務事故報告書を提出させられたことが読み取れる。すなわち、学校現場の状況を最もよく把握している校長自身は、原告の授業方法及び内容を「事故」としては問題視していなかったことが看取される。

 C 同月5日、本件教材プリントを中傷する記事が産経新聞に掲載された。同日、原告は、区教委から事情聴取を受けたが、その際、伊沢けい子都議会議員も同席した。
 さらに、同月16、29、30日の3回、原告は、校長を通じて、都教委から呼出を受けたが、何ら理由が示されなかったことから、原告はこれに応ずることをしなかった。同月22日、原告は、区教委名義での照会書(8月17日付け・照会内容・1,原告の平成16,17年度の週案の写し・2,原告が授業で使用したビデオ3本に関する教科書の該当頁・ねらい及び評価の観点など)を校長から受け取った。同月30日午後になって、原告は、マスコミの記者から、本件教材プリントの件で、本件戒告処分を受けたことを知らされた。

 D 翌31日の朝刊で、原告が本件戒告処分を受けたことが各紙で報道されたが、産経新聞はさらに原告が研修命令を受ける予定である旨まで報道したが、同新聞が配布された31日早朝の時点で、原告はもちろんのこと、校長も研修のことは知らされていなかった(なお、産経新聞がこのような公務員の個人情報を入手できたのは、都教委が原告の個人情報を同新聞社に漏洩したからに他ならず、その違法性は明らかである。)。
 同日午後4時頃、原告は、千代田区立教育研究所において、2005年9月1日から同月16日まで、「学習指導の改善」等を目的とする研修命令を受けたことを校長から伝えられた。

3 本件戒告処分の違憲違法性
A 本件戒告処分理由の「不適切な文言」の内容
 本件処分の理由として、特定の公人(古賀俊昭都議)や出版社名(扶桑社)を挙げて「不適切な文言」を用いたことが挙げられているが、原告がその根拠とした事実は、古賀都議が都議会という公開の場で発言したこと及びメディア等で広く報道されている事柄であって、何ら処分対象となるものではないことは明白である。

 原告が取り上げた古賀俊昭都議会議員の都議会における発言(2004年10月26日)は、「(日本の)侵略戦争云々というのは、私は、全く当たらないと思います。じゃ、日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、どこを、いつ、どの国を侵略したかということを具体的に一度聞いてみたいというふうに思います。(括弧内は代理人)・・」という、日本が過去に行った侵略戦争の存在自体を否定するという、きわめて偏向かつ誤った歴史認識を披瀝したものである。

 また、扶桑社の歴史教科書についても、日本のアジア侵略の歴史を隠蔽し、過去の侵略戦争を正当かつ美化するものとして、内外の厳しい批判を浴びていることも公知の事実である(同社の歴史教科書には、「太平洋戦争」について、「日本は米英に宣戦し、この戦争は『自存自衛』のために戦争であると宣言した。」などの記述があり、侵略戦争であったことの事実を隠蔽しようとする意図が明白である。)。

 そもそも、我が国の根本法規である日本国憲法が、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないやうにすることを決意し」(憲法前文)て、「戦争放棄」を宣言した「平和主義」をその根本に据えていることは言うまでもないことである。これは、我が国が過去において、「政府の行為」によって引き越された日清戦争、日韓併合はもとより満州事変に始まる「十五年戦争」等は、いずれも朝鮮、中国、東南アジア諸国に対する武力を背景にした侵略行為であったことは明白な歴史的事実であり、常識の部類に属することである。憲法前文が、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないやうに決意し」と述べているのは、まさに十五年戦争を中心とするアジア諸国に対する侵略戦争に対する痛苦な反省に基づくものであることは明らかである。

 付言すれば、現在の政府見解も、「我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、・・・今後とも世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意であることを改めて表明します。・・」(2005年4月22日「アジアアフリカ首脳会議」における小泉首相演説)、「・・・世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する。・・・」(「戦後50年・歴史を教訓に平和への決意を新たにする国会決議」)、「・・・我々は、ここの十年前の『歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議』を想起し、わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする他国民に与えた多大な苦難を深く反省し、改めて全ての犠牲者に追悼の誠を捧げるものである。・・・」(戦後60年国会決議)というものであり、我が国の侵略の歴史を事実として正面から受け止め、これを反省克服していくという趣旨のものである。

 上記古賀都議発言や扶桑社の教科書が、日本国憲法や上記政府見解と真っ向から反していることは明らかであり、原告が、公立中学の社会科教師として、誤った歴史認識をもって日本国憲法のありようを否定しようとする「公人」及び「教科書製作会社」があることを生徒達に教えることは、憲法及び教育基本法の趣旨からして、何ら「不適切」なものでないことは余りにも明らかである。

 B 憲法第26条、教育基本法10条1項、学校教育法28条及び同法40条違反
 本件戒告処分が、原告の行った上記のような「紙上討論授業」の内容(都教委がいうところの「不適切な文言」を使用したこと)そのものに対してなされていることは、上記の経緯及び前記Aから明白である。
 しかしながら、原告の「紙上討論授業」は、さまざまな資料やビデオ等を活用しながら生徒達の自主的な討論によって構成されており、単なる知識の切り売りではなく、具体的な事実や生きた経験を踏まえて真実を理解させ、自主的かつ合理的な判断力を養うという点で、高い教育的効果を上げていることは前述のとおりである。
 したがって、原告の「紙上討論授業」は、日本国憲法の基本精神に則った形で、平和主義・基本的人権を尊重し、かつ民主主義国家における主権者としての自覚を高めるためにきわめて有意なものであることは明らかである。

 かかる原告の「紙上討論授業」に対して、本件戒告処分を強行したことは、憲法26条違反及び教育基本法第10条1項が禁止する「不当な支配」に該当することは明白である。同項が規定する「教育への不当な介入の禁止」は、戦前の政府によって教育が、不当な介入を受け、皇国史観に基づいて一元的に管理・統制されて、「教え子を戦場に送る」道具とされたことに対する痛切な反省に基づいて定められた憲法26条に基づいて策定されたものであることは公知の事実である(なお、同項の原案には、「政治的・官僚的な支配」を禁止することが明記されていたのであり、このことからも、上記のような趣旨は明らかである。)。このような同項の趣旨からしても、本件戒告処分の強い違法性が認められるのである。)。
 また、憲法26条、教育基本法10条1項の上記の趣旨を踏まえて定められた教師の教育に関する自律性を認めた学校教育法28条,同法40条に違反することもまた明白である。

C 処分権の逸脱濫用
 さらに、本件戒告処分は、上記のとおり原告の授業内容に対して行われたものであって、本来何ら懲戒処分の対象としてはならない事柄をあえて対象としてなされたものであることは明白である。
 したがって、本件戒告処分は、「社会観念上著しく妥当性を欠き裁量権を濫用したと認められる」(最判昭和52年12月10日・民集31・7・1101)処分であって、違法であることもまた明白である。

4 小括
 以上みたとおり、本件戒告処分は、前記2,B@乃至Cを内容とする紙上討論という正当な授業内容に対して教育委員会が介入するという憲法第26条、教育基本法10条が禁止する不当支配に該当するとともに、学校教育法28条、同法40条にも反する違憲違法なものである。さらに、処分権の逸脱濫用にあたることもまた明白であるから、いずれにしても本件戒告処分の取消は免れない。

第4 本件研修命令処分及び本件研修の違憲違法性
1 本件研修命令処分の問題性
 前記第3で述べたとおり、本件戒告処分の違憲違法性は明白であり、取消が免れないものである以上、その違憲違法な戒告処分を前提とする本件研修命令処分は、その前提を欠き、取消は免れないものである。

 また、本件研修命令処分は、正当な授業への懲罰を動機・目的とするものであり、さらに、その研修内容自体も、研修に名を借りた原告の教育者としての信念・信条の放棄を強要するものにほかならず、教育内容への不当な介入という意味で教育基本法第10条1項及び学校教育法第29条に反するだけでなく、教育の自由を定めた憲法第26条及び思想信条の自由を侵害するものとして憲法第19条にも反するものである。
 以下、検討する(前述したように、ここでは2005年9月1日及び同月20日付け研修命令処分を対象として検討する。)

2 本件研修命令処分に至る経緯
 本件研修命令処分に至る経緯は、前記第3,2,B@乃至Dに述べているとおりであり、さらに、区教委は、同月14日頃には、都教委に対して、原告を都教委において、研修を行うよう依頼した。その結果、同月16日、都教委は、原告に対して、期間を本年9月20日から翌2006年(平成18年)3月31日まで、実施者を都教委、実施場所を東京都教職員研修センター、実施内容を学習指導の改善について他、とする研修命令を発した。

3 本件研修命令処分の違憲違法性
A 二重処分性
 本件研修命令処分に先立つ二度の研修命令処分(以下、「先行研修命令処分」という。)は、それ以前の1ヶ月間の減給10分の1を内容とする減給処分(以下、「先行減給処分」という。)の対象とされている原告の言動に対する二重の不利益処分として発せられたものであるが、本件研修命令処分もまた、本件戒告処分の対象とされている原告の授業内容に対する二重の不利益処分として発せられたものにほかならない。

 本件「処分説明書」中「処分の理由」によれば、原告が「信用失墜行為」(「紙上討論と称する自作プリントに当時の同校生徒の保護者を誹謗する内容を掲載したこと」等を指す。)を理由として、東京都教育委員会から1月間給料の10分の1を減ずる処分2回(先行減給処分)を受け、「上記処分を受けた等の理由により、同年9月1日に、東京都教育委員会から、・・・・東京都立教育研究所において長期研修を行うことを命ぜられ」(先行研修命令処分)と記載され、また、原告が「千代田区教育委員会から、上記処分(「ノ・ムヒョン大統領への手紙プリント」を生徒に配布した「信用失墜行為」を理由とする本件戒告処分ー代理人註)を受けた等の理由により、平成17年9月1日に、・・・研修を、同教育委員会において同月16日まで行うことを命じられたが」と記載されていることから、本件研修命令処分の理由が、本件戒告処分の処分理由と同じ基礎事実に基づくことは明らかであり、先行研修命令処分と先行減給処分と同様の関係にあることが認められる。

 前述のとおり、本件研修命令処分発令直前である2005年8月5日には、産経新聞が、原告が「ノ・ムヒョン大統領への手紙プリント」を生徒に配布した件について、原告の授業内容を誹謗中傷する記事を掲載し、同月31日の朝刊では、原告が、「ノ・ムヒョン大統領への手紙プリント」を生徒に配布した授業内容につき戒告処分を受けたことを各紙が報道し、産経新聞は、同日午前段階では原告すら全く知らされていなかったにも拘わらず、原告が研修命令を受ける予定である旨まで報道するなど(前述したように、都教委の違法な個人情報漏洩の結果である。)、原告の授業内容等に対するメディアのバッシングが繰り返され(前述したように、都教委の違法な個人情報漏洩の結果である。)、また、当時より以前から、原告を誹謗中傷した件で名誉毀損の不法行為に基づく損害賠償責任を認められた土屋敬之都議及び前記古賀都議らも、都議会において原告を誹謗中傷する演説を繰り返していたものであって、原告の授業内容を含む原告の言動は、右翼政治家や右翼メディアの格好の攻撃材料となっており、都教委が、かかる政治的圧力に屈し、原告に本件研修命令処分を下したことは明らかである。

B 「年度途中の教諭交代」の裁量権逸脱性
 そもそも、原告の授業は毎年4月から3月までの1年度を単位とし、綿密な年間指導計画に基づいて系統的かつ継続的に実施されていた。
 また、原告の授業は正常に、かつ、生徒との信頼関係のもとで行われており、これを敢えて年度途中で断絶させる必要性は微塵もなかったことは前述したとおりである。現実に、原告の当時の上司であった前記根深校長は、年度途中で原告を教育現場から外すことなど全く考えていなかったのである。

 本件研修命令処分は、原告が社会科の授業を担当していた学年全体に及ぼす教育上の影響、特に、年間の授業の系統性、継続性の断絶という悪影響や、社会科担当教諭としての原告の立場に対する配慮を欠いている上、中途で原告の授業を受けることができなくなった生徒の学習権を侵害していることも明らかであり、本件研修命令処分の発令に関する区教委の裁量権を濫用した違法無効な研修命令にほかならない。

C 本件各「研修」の非研修性
 本来、教職員に命じられる「研修」とは、「教師としての指導力や資質・スキル・適格性の向上のための研鑽」を目的として発せられるべきものであり、研修内容も、例えば、「より高度の指導力・資質・スキル・適格性を有する教育に関する有資格者による指導や講義の受講」等、当然、かかる研修目的に即したものであるべきである。

 ところが、原告に命じられた本件各「研修」の実態は、その大半が研修報告書の作成に従事せよというものであり、原告単独で文献資料を閲読し、研修報告書の作成を行うだけで、何ら研修・研鑽に資する内容ではなかった。
 また、本件研修中、何の資格もない「指導」担当職員が、「指導」ないし「助言」と称して、原告にその教員としての信念を曲げることを強要し続けた。その「指導内容」は、正に「転向強要と思想統制」、「思想・信条・良心に対する侵害」以外の何ものでもなかったのである。

D 本件研修の人権侵害性
 のみならず、原告は、本件各「研修」、殊に、9月20日付け研修命令処分に基づく研修期間中には、「指導」担当職員が、研修の全期間中に渡り、原告の一挙手一投足を監視し、原告の一挙手一投足を書面に記録するなど、原告は「ゲシュタポ」張りの監視体制下におかれた。原告は、トイレに行くにも、ゴミを捨てに行くにも行き先を「指導」担当職員に報告することを義務づけられるなど、刑務所や強制収容所並の処遇を受けた。

E このような長期「研修」は、「研修」とは名ばかりの、思想、信条の自由に対する干渉、原告の憲法尊重教育、平和擁護教育に対する弾圧であるとともに、原告に対する精神的な拷問であり、研修に名を借りて、事実上転任ないしは懲戒停職処分に処したと同様の効果を狙う、違憲、違法かつ不当な不利益処分である。

F 手続的違法
 原告は、本件研修命令処分の発令を受けた当時、研修に出される理由を全く知らされないままであった。
 また、前述のとおり、本件研修命令処分は、実質的には転任ないし停職処分に相当するものであるが、原告には、生徒らに対する挨拶の機会も、同僚教諭らに対する説明の機会も、後任担当教諭に対する授業、学年文書、公務文書等の引継の機会も与えられていないなど、手続的に極めて異常なものであり、教育的手続の適正を完全に無視したものであった。

 さらに、当該教諭に対する研修命令がだされる場合、通常であれば現場の校長の内申が出され、それを踏まえて発令されることになるが、本件の場合、直接の上司である前記根深校長は、原告を現場から外して研修させることなど全く考えていなかったことは前述したとおりである。かかる点からしても、本件研修命令処分は、現場の管理職の意向を無視して強行されたものであって、適正な手続が無視されていることは明らかである。

 このようにして出された本件研修命令処分は、憲法第31条による適正手続の保障並びに告知・聴聞の機会の保障に反する違憲かつ違法なものにほかならない。

G 憲法第26条、教育基本法第10条1項、学校教育法第28、40条違反
 本件研修命令処分は、原告の行った「紙上討論授業」に対して、「学習指導の改善」を目的としていることは、上記の経緯から明白である。
 しかしながら、原告の「紙上討論授業」は、前述のとおり、高い教育的効果を上げているのであり、何ら学習指導改善の要はないことは明らかである。 また、原告の「紙上討論授業」は、日本国憲法の基本精神に則った形で、平和主義・基本的人権を尊重し、かつ民主主義国家における主権者としての自覚を高めるものであって、何ら学習指導要領等に反するものでもないことは前述したとおりである。

 かかる原告の「紙上討論授業」に対して、「改善指導」を強制することは、教育基本法第10条1項が禁止する「不当な支配」に該当することは明白であり、かつ、教師の教育に関する自律性を認めた憲法26条、学校教育法28,40条に違反することは明白である。

4 小括
 以上のとおり、本件研修命令処分は、憲法第19条、同26条、同31条、教育基本法第10条1項、学校教育法第28条、同第40条に違反する違憲違法なものであって、その取消は免れない。
 また、原告に対し、何ら必要性のない本件研修命令処分を強制することは、当然、区教委の裁量権の逸脱濫用にあたり、違法無効であることは明らかである。

第5 本件分限免職処分の違憲違法性について
1 本件分限免職処分の違憲違法性
 以上のとおり、本件分限免職処分の主たる理由とされている本件戒告処分及び本件研修命令処分が違憲違法なものであり無効である以上、本件分限免職処分もまた、憲法第26条、同第19条、教育基本法第10条1項及び学校教育法第28条、同第40条に違反する違憲違法なものであることは明らかであって、その取消は免れない。
 また、本件分限免職処分の理由はいずれも不当なものであって、都教委の裁量権の行使を誤った違法なものであることも明らかである。
 以下、検討する。

2 地方公務員法第28条の解釈
A 分限制度の趣旨、目的及び基本的判断基準
 最高裁昭和48年9月14日判決(長束小事件・民集27・8・925)によれば、「地方公務員法28条所定の分限制度は、公務の能率の維持およびその適正な運営の確保の目的から同条に定められるような処分権限を任命権者に認めるとともに、他方、公務員の身分保障の見地からその処分権限を発動しうる場合を限定したものである。分限制度の右のような趣旨・目的に照らし、かつ、同条に掲げる処分事由が被処分者の行動、態度、性格、状態等に関する一定の評価を内容としていることを考慮するときは、同条に基づく分限処分については、任命権者にある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、分限制度の上記目的と関係のない目的や動機に基づいて分限処分をすることが許されないことはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることは許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法な処分となることを免れない」とされている。

B 同法28条1項3号の解釈
 同法28条1項3号は、分限降任ないし免職の事由として「その職に必要な適格性を欠く場合」を規定している。
 上記「その職に必要な適格性を欠く場合」とは、上記判例によれば、「当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解され、この意味における適格性の有無は、当該職員の外部に現れた行動、態度に徴してこれを判断するべきである。その場合、個々の行為、態度につき、その性質、態様、背景、状況などの諸般の事情に照らして評価すべきことはもちろん、それらの一連の行動、態度について相互に有機的に関連付けてこれを評価すべく、さらに、当該職員の経歴や性格、社会的環境などの一般的要素をも考慮する必要があり、これらの諸般の要素を総合的に検討したうえ、当該職に要求される一般的な適格性の要件との関連においてこれを判断しなければならない。」とされ、さらに、「適格性の有無の判断においては、分限処分が降任である場合と免職である場合とでは、前者がその職員が現に就いている特定の職についての適格性であるのに対し、後者の場合は、現に就いている職に限らず、転職可能な他の職を含めてこれらすべての職についての適格性である点において適格性の内容要素に相違があるのみならず、その結果においても、降任の場合は単に下位の職に降りるにとどまるのに対し、免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果になる点において大きな差異があることを考えれば、免職の場合における適格性の有無の判断については、特に厳密、慎重であることが要求される。」とされている。

C 上記解釈を前提として見た場合、原告は、「その職に必要な適格性を欠く場合」とは到底いうことはできず、本件分限免職処分は裁量権の行使を誤った違法な処分であることは余りにも明らかである。
 以下、具体的に検討する。

3 本件分限免職処分理由の不当性(原告が職の適格性を欠くとは到底言えないこと)
A 原告の教員としての素質、能力等について(紙上討論について)
 原告がこれまで行ってきた「紙上討論授業」の教育的効果及びその目的の正当性はこれまでも述べてきたが、改めて具体的に検証する。
@ 紙上討論授業の趣旨・目的
 原告が行っていた紙上討論授業の趣旨やその教育目的は、ある1つのテーマに関して、生徒達が、「書く」という作業を通して、主体的に思考し、そして、自分なりの意見をまとめ、これを文章にして発表し、さらに、相互批判しあう中で、自らの考えを深めていく、という作業を継続することにより、民主主義社会において不可欠な、主体的な意見表明と相互批判を繰り返す中で、より正しい結論を導くという思考態度を身につけていく、という点にある。
    
 かかる「紙上討論授業」の趣旨、目的は、「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない」(教育基本法8条)、「国家及び社会の形成者として必要な資質を養う」、「公正な判断力を養う」という中学校の教育目標(学校教育法36条参照)に沿ったものであることは明らかである。
 そして、上記趣旨、目的を達成するためには、当然、多様な立場からの自由な意見表明の機会が保障されなければならない。原告は、生徒達にこの意見表明の機会を十分に保障すると共に、生徒が客観的な事実に対する認識が誤っている場合には、これを正しながら、さらに、考えを深めていってもらう、という形で「紙上討論授業」を進めていたのである。
 上記のような作業を複数回の授業で継続して行う中で、生徒達は、様々な意見を表明しあうことになる。
    
 この点、かかる紙上討論授業の有意性については、かつての文部省自身が、戦後直後に示した「新教育指針第四分冊」において、「民主的態度を作り、民主的な生活を築きあげていくのに、もっとも効果的な方法」として、「討議法」という授業方法を推奨しており、紙上討論授業は、討議法の発展的な形態であることからも窺えるところである(この資料は、戦後すぐのものであるが、それだけに現行日本国憲法及び教育基本法の精神を真摯に体現しているものであり、その本質的な部分は、現代においても十分に尊重されるべきであることは言うまでもない。)。
 
A 紙上討論に使用されたテーマの教育的意味
 また、原告が誌上討論授業において取り上げたテーマ及び使用した視聴覚教材の一例を挙げると、地理的分野として、「沖縄米軍基地・・・普天間第二小の場合」(NHK福岡放映)、「東京の米軍基地(横田)」(横田基地騒音公害訴訟団作成、なお、判決は訴訟団の主張を認めたことは周知の事実である。)と「国益と大地」(日本テレビ「ドキュメント日本」放映。米軍基地の実弾演習移転地となった北海道の根釧台地の様子を描いたもの)の3本のビデオテープを生徒達に見せ、誌上討論授業を行い、歴史的分野として、「予言」(米軍による原爆実写フィルムを羽仁進監督が編集したもの)、「武器なき闘い」(東映映画)ー山本宣治の生涯を追ったもので、治安維持法が「平和と民主主義」を求める人々の抵抗を押し潰し、侵略戦争への道をたどった歴史を中学生に考えさせるものとなっている)、「ガンジー」(ハリウッド映画ーこれは、日本国憲法にもその精神が継承されているガンジーの非暴力抵抗と、植民地支配の実態を考えさせるものである。)、「我が闘争」(同ーこれは、日本国憲法が真っ向から否定しているナチズム(ファシズム)とユダヤ人虐殺の実態を考えさせるためのものである)、「侵略」(侵略上映実行委員会作成の実写フィルムー日本の戦争時の中国大陸への侵略の実態を記録したものである。なお、監督の森正孝氏は、公立中学校の教員をやっておられた方である。)というものである。上記の各視聴覚教材は、戦争や米軍基地の実態やかつてのファシズム支配下の社会の実態等を正確に伝えるものとして、いずれもきわめて評価の高い作品であることは周知の事実である。
 
 これらの視聴覚教材は、日本国憲法の根本原則である国民主権、平和主義、基本的人権の尊重がどのような歴史的経緯を経て制定されたか、について理解を深めるものとして、また、中学生の社会科において養成すべき「良識ある公民たるに必要な政治的教養」(教育基本法第八条)の基礎として、「学習指導要領」が「社会科の目標」にかかげる「平和的民主的国家の形成者としての公民的資質の基礎を養う」ためのものとして、きわめて有効なものばかりである。
 一方、これらのテーマは確かに、社会的政治的にも議論の分かれている問題であるが、このようなテーマを積極的に取り上げることの教育的意義について、ACLU(アメリカ自由人権協会)は、「議論の的になっている諸問題を教える自由重要なモラル、科学的、経済的、そして政治的争点を研究し討論する権利を生徒は持っているのであるが、は、教室における教師の自由を判断する決定的な試金石である」のであって、何ら教育上問題にならないばかりか、「教育の自由」という観点からも望ましいことなのである。
    
 また、これらの議論が分かれている政治的社会的争点について、教師が自らの意見を開陳することについても、上記協会は、「”客観的”学問態度のためと称して、教師の傾向が隠されようとする場合よりも、教師の判断が明瞭に述べられる場合の方が、生徒達は、自分の提供される他の材料や色々な意見に基づいて、よりよく教師の判断を評価することができ、またそれと異なった判断を下すことができやすいだろう」と述べており、教師も交えて率直に議論することの教育的意義はきわめて高いことが認められているのである。
   
 原告は、これらのテーマを前述した「紙上討論授業」の方法で、生徒達の多様な意見を率直に取り上げ(むしろ、原告は、紙上討論方式や原告に批判的な意見は全てとりあげている。)、原告自らの立場を明確にして議論に参加しながら、相互批判を行う中で、各々の認識を高めていくという方法をとってきたのである。
   
B 誌上討論授業の教育的効果について
 原告は、紙上討論授業を、だいたい月に1回、3ヶ月程度で1つのテーマを完結させる形で、一年間継続して行ってきたが、その教育的効果は、1年間全体を通して見ると、きわめて高いものがある。すなわち、最初は、1、2行しか意見を書けなかった生徒達が、最後になると、その文章の量が飛躍的に伸び、他人の意見をよく聞き、自らの意見を形成していく、ということの意味を体感していくのである。
 現実に、紙上討論を一年間受けてきた生徒達は、次のような感想を紙上討論の中で述べている。

ア 「「侵略」を見て、なんで歴史を学ぶのかが分かった。本当のことを知るのは辛いものがあるけど、これからの歴史を作っていく私達が、事実を知らなかったら、二度とあってはいけないことが、また起きてしまう。それが恐ろしいことを引き起こす一番の原因になるとだと思う。「侵略」のビデオには「日本が・・・・」と、かなりショックを受けたけど、それよりも、再び自分の国、日本が、こんなことを起こす方が怖いし、恐ろしいから、この日本の過去を学ぶことは、スゴク大切だと思う。歴史の事実を教えないで、良い日本だけ、良い事だけを教えようとしても、子供が「考える」ということをしなくなるだけで、本当に良い未来は開けない。そんなことを思う大人がいるなんて、恥ずかしいことなんじゃないかなぁと思う。・・・・・また、たくさんの人の意見を読んだことによって、自分の中で、たくさん考えることができた。」

イ「・・それと紙上討論から、今まで、こんなことが学べる、とは思ってなかったことが学べた。それは『他人の意見』を知って、それから考える、という事。今まで『この人何考えてんの?』って感じの人や、一度も話したことのない人・・・そんな人達の意見はすごくためになった。『自分の考えを持つ』→『人の意見を知る』→『改めて考える』→『自分のためになる!!』。他人の考えを読んで『そうだよねぇ』って思ったり、『じゃあ、その問題を解決するには・・・』って考えたり、絶対に無駄になんてなってない!米軍基地問題、北方領土の問題、本当にあった昔の出来事・・・まだ一年間では消化しきれなかったこともあった。だから、これは、増田先生の授業を受けられなくなっても、自主的に知りたくなったし、知らなきゃいけないと思う。この一年間の紙上討論で、脳みその線がふえたはず・・・!先生、ありがとうございました。」
  
ウ「私は一年間、誌上討論をして良かったと思う。一番、最初は「何?あれ? 早くやめてほしいよ」って思ってたけど、この誌上討論を通して、今まで、私が知らなかった、考えたこともなかった歴史上の問題や、現在の日本に起こっている問題を知ることができたし、学年のいろんな人達が、どんな風に考えているか、ということが、良く理解することができた。誌上討論をやらず、教科書そのままの知識を知っただけでいたら、本当のことを考えないままに、社会科を学んでいたと思う。・・・・日本が中国、朝鮮やアジアにたいしてしたヒドイことは、子供達に教えるべきと思う。別に、それで日本を誇りに思おうと思うまいと、その人の勝手だし、その人自身が考える事。でも過去に日本はヒドイことをしたのは事実なんだから、日本のいいところばかりを見て、誇りに思うより、どんなにいい所も、どんなに悪い所も、ちゃんと知った上で、誇りに思った方がいい。

エ「・・・私は紙上討論をするのが、初めはイヤだった。同じ事を何度も繰り返しているように思えたし、他人の意見に口出しされたりするから。紙上討論にも反対の意見がいくつも出ていたし、私の反対意見も載った。でも紙上討論を繰り返しているうちに私の意見が変った。それは増田先生は紙上討論を通じて、私達に一つの事(テーマ)について『いろいろ意見を出し合い、考えあうこと』を教えてくれているんだと気付いたから。私は、『正しいことは正しい、間違っていることは間違っている』と堂々と生徒に教える事のできる増田先生の意志は素晴らしいものだと思う。増田先生、紙上討論に反発してごめんなさい。そして紙上討論をする事に賛成していた人に対しても謝りたい。この紙上討論は、決して無駄ではなかったと私は言い切れる。」
  
オ「・・・それから中学生活の中で、こんな紙上討論の経験ができるとは思わなかった。いろいろ考えられたし、米軍基地や歴史の問題について知識も増え、ある意味、非常に面白かった。これは一生の内でも貴重な経験だと思う。」
  
カ「紙上討論を始めてから、まもない頃、友達が嫌がっていることが分かり、私自身も『紙上討論』について反発していた。だけど紙上討論を進めるにつれ、一つの問題を知るに当たって、自分の考えや、みんなの考えを聞いたりして、『良く考える』ということを学ぶことができた。今でも紙上討論を嫌がっている人もいるかも知れない。増田先生が紙上討論をすることを、いいふうに言わない親たちもいる。どうして事実を知ることが、そんなにいけないの?実際、事実を知って傷ついたりしたことはあった。でも、歴史上にも事実を知らされずに殺されていった人や、事実を教えなかった事で、戦争になっていったこともあった。だからこそ、私達にも、「事実を知る権利」があると思う。」
    
 このように、紙上討論を受けてきた生徒達の多くは、「いろいろ意見を出し合い、考えあうこと」の大切さを体得してきたのであり、そこには「主体的に物事を知り、考える」という姿勢に変わっていった生徒達の成長が顕著に現れている。
  
C 以上のように、紙上討論授業を継続する中で、生徒達の能力を向上させてきた原告が、「(教育)公務員としての職の適格性を欠く」とは到底言えないことは一見して明らかである。

B 原告の教員としての素質、能力等についてのその外の事由
@  原告は、学校の校務においても、九段中勤務の際には、学年通信を毎週ないしは2週間に一度定期的に編集発行し、同僚の教師達からも感謝されていた。
このようなこともあり、原告が本件研修命令処分を受けた際には、同僚の教師の多くが、上記研修命令に反対する意思表示を行っている。
   
A また、原告は、授業以外の生徒指導において、区の作文コンクール指導にも指導力を発揮し、税金や人権問題をテーマにした作文指導を行い、指導を受けた生徒は、区で表彰されたりもしている。
 
B 突然、本件研修命令処分によって、原告の授業を受ける機会を奪われた九段中の生徒達の多くは、原告に手紙を寄せているが、その中の一つには、「先生に報告したいことがあるんです!今日、通知表を受け取ったのですが社会、『5』でした!!!私は、社会が余り好きではなくて、歴史も興味を持てなかったのですが、増田先生の紙上討論をしているうちに、みんなの意見を聞いて、自分の意見も、しっかりとした意見を持ちたいと思うようになり、積極的に勉強するようになりました。本当に感謝しています。高校も決まりました。・・・先生のおかげで、自分には公民が合っている、自分は公民にすごく興味があって、公民を勉強したいんだ、ということが分かったので、入学してからも公民を選択しようと思っています。・・」と書かれてある。

C これらのことからしても、同僚との人間関係、生徒たちとの信頼関係の どれ一つを取ってみても、原告が「(教育)公務員としての職の適格性に 欠ける」ということは絶対にできないことは明らかである。
  
C 以上のとおり、本件分限免職処分は、原告の教育実践、教育実績、同僚・生徒との信頼関係の有無といった、分限処分に際して、当然「考慮すべき事項を考慮せず」してなされた処分であることは明白であり、「免職の場合における適格性の有無の判断については、特に厳密、慎重であることが要求される」ことをも併せ考慮すれば、本件分限免職処分の処分理由の不当性を検討するまでもなく、同処分が「合理性を持つ判断として許容される限度を超えた不当なものである」ことは誰の目にも明らかである。
 
4 本件分限免職処分の目的・動機の不当性
 前記のような原告の教員としての素質、能力等を都教委は十分に認識していながら、同教委があえてこのような処分を行ったのは、明らかに、同処分の目的・動機が分限制度の本来の目的と関係のないものであることを如実に示している。
 このことは、原告が本件研修命令処分を受けるまでの経緯から明らかであり、右翼都議(現在の都政の方針に合致する都議)や右翼メディアの政治的圧力により、原告の授業内容が現在の都政の方針に反する、という一事をもって、教職から排除されたのである。
 かかる処分が、憲法第26条、第19条、教育基本法第10条1項に反する違憲無効なものであり、「合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものである」ことは明らかである。

5 違法無効な研修命令処分における原告の言動を免職理由とすることの不当性
A 本件処分説明書の記載内容について
@ 本件「処分説明書」記載の「処分の理由」によれば、原告は、1999年9月1日から2002年3月31日まで「約2年7ヶ月間にわたる研修を受講したにもかかわらず」、また、本件研修命令処分を受けて2005年9月1日から同月16日まで研修を受けたが、「上記処分(本件戒告処分)を受けたことの反省が見られない等、十分研修の成果が上がらなかった」とされ、原告は、さらに、2005年9月17日から翌2006年3月31日まで東京都教職員研修センターにおいて研修を受けた際、「同日(ママ)午前9時頃、同センターにおいて、研修ガイダンスを受けた際、持参した抗議文を読み始め、同センター企画課長から延べ3回にわたり止めるよう指示されたにもかかわらず、約2分間同文書を読むという抗議を行い、

 また、同日(ママ)から12月9日までの間、研修内容の説明及び講義の際、裁判の資料にするなどといって録音行為を始めたため、研修担当者から止めるよう再三指示されたにも拘わらず、延べ12回にわたり録音行為を行い、さらに、平成17年9月22日午前9時30分頃から同日午前11時50分頃まで、同センターにおいて、研修期間中であるにもかかわらず、同センター所長宛の抗議文を作成するなど、不適切な講義を繰り返した。」として、原告が、本件各研修命令処分に基づく研修の受講によって「十分研修の成果が上がらなかった」のみならず、原告が、本件研修命令処分に基づく研修期間中に、違法な本件研修命令処分や研修中の処遇に対する抗議、あるいは、違法な研修であることの証拠保全行為を行ったこと、更には、本件研修命令処分に基づく「研修」中の2005年9月20日から2006年3月31日までの「研修」の間、原告は「上記処分を受けたことに対し、自己の正当性を主張するのみで反省等が見られず、研修講師等に対して不適切な言動を繰り返す等、研修の成果は上がらなかった」などとして、本件各研修による「成果」や研修中の原告の言動等を本件分限免職処分の理由として挙げている。

A しかしながら、前述のとおり、本件研修命令処分に基づく研修は、前述のとおり、その内容が「研修・研鑽」の名に値しない「転向強要・思想統制」と原告に対する辞職強要、原告を免職にするための材料探しのための監視と嫌がらせの繰り返しであり、教育者としての良心をかけてこれに対する抗議の意思表明を行うことが当然のことであったし、処分者からすれば、「研修の成果が上がらない」のも当然のことであった。
 しかも、そもそも、基礎となる本件研修命令処分と研修内容が違法無効であって、かかる違法無効な各研修の受講、及び、各研修内容や研修中の処遇への抗議・証拠保全行為を免職の理由として挙げることが、違法不当であることは論を待たない。
  
B「研修の成果」や研修内容や処遇に対する抗議・証拠保全を免職理由とすることの違法性
@ この点、原告が教育公務員の地位にある以上、違法無効な本件各研修命令に対しても、服務義務が認められると仮定したとしても、本件研修期間中の原告の抗議や証拠保全行為を免職理由とすることは違法不当である。
 すなわち、仮に、原告が本件各違法無効な研修命令を不服として、本件各研修命令に基づく研修への出席・参加を拒否し、研修場所への出頭を行わなかったというのであれば、原告には、公務員としての服務義務違反が認められる余地はある。
  
 しかしながら、原告は、本件各研修命令が違法無効であるにも拘わらず、公務員としての義務に従い、本件各研修命令に基づく研修に、若干の有給休暇を取得した以外は、ほぼ欠かさず出席し、各「研修」において与えられた極めて恣意的かつ不当な「課題」に対しても、真摯に文献を調査し、レポートや報告書を作成してきたものであり、原告は、本件違法無効な各研修命令に対しても、公務員として服務義務を全うした事実が認められる。
よって、原告が、服務義務に従い、各研修において与えられた課題につき求められたレポートや報告書を作成し、各「研修」を全て受講した以上、「十分に研修の成果が上がらなかった」とすれば、それは、本件各「研修」の内容とカリキュラムの問題性に基づくものであって、都教委の責任に他ならず、原告の責任ではあり得ない。
   
A また、原告が、各「研修」期間中に、服務義務に従いながらも、本件各研修命令や、研修中の処遇に抗議し、あるいは、違法な研修や処遇に関する証拠保全を行うことは、憲法第18条、第19条、第21条、第31条等によって保障された原告の正当な権利であって、原告が、「研修」中にかかる憲法等によって保障された権利を行使し、抗議や証拠保全行為を行った事実をもって、本件分限免職という著しい不利益処分の理由とすることは憲法等に反し、違法不当であり、到底許されることではない。

C 小括
 以上のとおり、違法無効な研修命令処分における原告の言動を免職理由とすることは、「考慮すべきでない事項を考慮した」ものであり、その判断が「合理性を持つ判断として許容される限度を超えた不当なものである」ことは明らかである。したがって、本件分限免職処分は、「裁量権の行使を誤った違法な処分」であることもまた、明白である。
 
6 研修外の原告の集会参加等の言動を免職理由とすることの不当性
A 本件処分説明書の記載内容
 本件「処分説明書」記載の「処分の理由」によれば、原告が、本件研修命令処分に基づく「研修」期間中の2005年11月7日、研修時間外の夕方から夜にかけて開催された豊島区勤労福祉会館における集会に参加した際、「千代田区立九段中学校長から千代田区教育委員会に宛てた文書が、同校生徒の保護者にかかる情報が記載された文書であるにもかかわらず、文書に記載された同保護者の了解を事前に得ることなく同文書を配布し、また、同集会において、上記の者が執行委員長の地位にある団体が発行し、同保護者を誹謗した内容が記載されているビラを、同集会において上記文書と併せて配布するなど、同保護者を誹謗するという不適切な行為を繰り返し行った。」などとして、原告の勤務時間外、研修時間外の集会参加や集会における言動等を本件分限免職処分の理由として挙げている。
  
B 上記処分理由の違法不当性
@ しかしながら、まず、都教委は、勤務時間外、研修時間外の原告の行動まで監視対象とし、原告の活動を支援する等の趣旨で開催された集会にまでスパイを送り込んで監視するなど、まさに、「ゲシュタポ」の如き活動を行っており、原告には何らの犯罪の嫌疑がかけられている訳でもなく、都教委は警察組織でも犯罪捜査機関でもないことに照らせば、かかる原告らに対する監視活動が違法不当であることは論を待たず、かかる違法な監視活動のために東京都民の血税を浪費することの不当性はを措くとしても、都教委の監視活動は、原告に対する明白なプライバシー侵害行為である。

A しかも、本件分限免職処分理由に挙げられた「生徒の保護者にかかる情報が記載された文書」とは、原告に関し、千代田区教育委員会から「教員服務事故報告書」の作成を強要された千代田区立九段中学校の根深校長が、「本件については全て同区教育委員会の指示を受けながら、対応を行っている」と苦衷の心中を吐露しつつ作成した「本校教員の服務事故」と題する報告書であるが、そもそも、同文書は、原告を処分するために千代田区教育委員会が同校長に作成を強要し、5回も訂正を加えて完成させた報告書であり、原告の不利益処分等原告の身上に深い関わりを有する文書である。
   
 のみならず、同報告書に記載された「同校の生徒の保護者」とは、当時、原告の「ノ・ムヒョン大統領への手紙プリント」に関し、原告に対する誹謗中傷を大々的に行っていた訴外中藤PTA副会長を指し、「保護者に関する情報」とは、中藤PTA副会長が、「ノ・ムヒョン大統領への手紙プリント」に関し、原告を非難している事実それ自体を指すものであって、何も、「保護者のプライバシー情報」などが記載された文書でも何でもない。
   
B また、上記処分理由に挙げられている「千代田区立九段中学校長から千代田区教育委員会に宛てた文書」とは、服務事故報告書(甲6)を指すのであるが、その中で、上記「中藤」という固有名詞は、わずか1箇所に出ているだけで、それも「同教諭が授業で使った資料について直接会って質問したい、と要請があった」とされているだけのものである。さらに、「同集会において、上記の者(原告)ー代理人註)が執行委員長の地位にある団体が発行し、同保護者を誹謗した内容が記載されているビラを、同集会において上記文書と併せて配布するなど、同保護者を誹謗する」とされている「ビラ」の内容は、「たまたま保護者の一人に、戦時中の神がかり皇国史観の教祖である『平泉澄』の信奉者がいて」と記載されているにすぎない。
   
 上記の記載内容からすれば、服務事故報告書にある「中藤」氏とビラにある「保護者の一人」が同一人物であるとされているわけでもなく、また、「『平泉澄』の信奉者」という記載が「誹謗」に当たるとも解されないことは明らかであって、上記処分理由自体、事実誤認に基づいた違法不当なものであることもまた明白である。

C 小括
 以上のとおり、研修外の原告の集会参加等の言動を免職理由とすることは、「考慮すべきでない事項を考慮した」ものであり、その判断が「合理性を持つ判断として許容される限度を超えた不当なものである」ことは明らかである。したがって、本件免職処分は、「裁量権の行使を誤った違法な処分」であることもまた、明白である。
 
7 小括
A 以上のとおり、本件分限免職処分の処分理由にある、本件戒告処分、本件研修命令処分は違法無効なものであり、かつ研修期間中の行為が「不適切行為」に当たらないことは明らかである。したがって、「何度も同様の非違行為を繰り返し、研修によっても矯正できない」という理由は成り立たないこともまた明白である。

B さらに、上述したように、原告の教育公務員としての素質、能力を総合的に考慮すれば、本件分限免職処分が、違憲無効であり、かつ「裁量権の行使を誤った違法な処分」であることはすでに論を待たないところである。

C さらに、本件分限免職処分には、次のような違法性が認められるので、さらに検討する。
 
8 転任先中学校内定後の分限免職処分の違法性
A 2006年4月1日からの原告の転任先中学校内定について
 原告は、2006年3月14日、東京都教育研修センターにおいて、本件研修命令処分に基づく「研修」受講中に、九段中学校の根深校長より電話で、「東京都教育委員会の決定により、原告が、研修終了後の同年4月1日から、港区立御成門中学校の社会科教諭として同校に転任する旨の内示が下った。」旨の転任先内定の知らせを受けた。
   のみならず、少なくとも、都教委は、2006年3月時点において、原告の「港区立御成門中学校への転任」を決定する程、「原告の教育公務員としての適格性」を認定していたものである。

 にも拘わらず、本件研修命令処分に基づく「研修」終了日直前である同月29日、都教委は、原告に対し、突然、本件分限免職処分の決定を下したものである。
 しかしながら、本件「処分説明書」記載の「処分の理由」のどこを見ても、原告に対する「港区立御成門中学校転任内定」のあった2006年3月10日頃以降同月31日までの間に、原告について新たに「教育公務員としての適格性を否定する事実」が発生・判明した旨の記載は存在しない。
   即ち、被告東京都教育委員会は、2006年3月10日頃の時点で自ら認定していた「原告の教育公務員としての適格性」を、何ら新たな事実が発生した訳でも、判明した訳でもなく、つまりは、何らの正当な理由・根拠に基づくことなく、同月29日には否定するという極めて不合理かつ不審な行為を行ったことになる。
  
B このような都教委の不合理かつ不審な行為の理由としては、「政治的圧力」ぐらいしか思いつかないところ、地方公務員法第28条その他の法令・条例上も、「政治的圧力」は、公務員の「分限免職処分」の正当な理由とはなり得ないことは、言うまでもなく、この点からも、本件分限免職処分が「合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なもの」であることは一見して明白である。
 
9 比例原則違反
 また、本件分限免職処分は、過去の他の免職事例と比較しても、その事案の内容において不当に重いことは明白であり、処分の比例原則に違反することもまた明白である(この点は、弁論において具体的に主張立証する。)。

10 本件分限免職処分の手続的違法性
A 地教行法38条1項違反
   本件においては、原告に対し、区教委が本年3月28日付で研修継続を内申している。にもかかわらず、都教委は、同月29日付で分限免職を決定している。このことは、地教行法38条1項に規定された内申制度の趣旨及び必要とされる手続に反することは明らかである。
 この点について、最高裁(最判昭和61年3月13日・民集40・2・258)は、「地教行法38条1項所定の市町村教育委の内申は、県費負担教職員について都道府県教委が任命権を行使するための手続要件をなすものであり、右の教職員に対してその非違行為を理由に懲戒処分をするためには、市町村教委の処分内申が必要であり、その内申なしに処分を行うことは許されないのが原則である。」とし、「例外的に、市町村教委の内申がなくてもその任命権を行使できる」場合として、「市町村教委が、教職員の非違などに関し右内申をしないことが、服務監督者としてとるべき措置を怠るものであり、人事管理上著しく適正を欠くと認められる場合」に限定している。
   
 本件においては、区教委は、原告を引き続き研修させる旨の内申を出しており、例外的に内申なしに(内申に反して)任命権を行使できる場合に該当しないことは明らかである。なお、確かに、行政組織上、区と市町村はその位置づけが異なるが、特別区も一定の独立性を有した地方自治体であり、最判の趣旨は、区教委の場合にも該当すると解すべきである。
 以上から、本件分限免職処分は、地教行法38条1項の趣旨に反して、区教委の内申を無視した強行された点において、その違法性は強度であり、取消を免れない。
  
B 東京都の職員の分限に関する条例3条3項違反
東京都の職員の分限に関する条例3条3項は、「法28条1項3号により職員を降任もしくは免職することのできる場合は、当該職員をその現に有する適格性を必要とする他の職に転任させることができない場合に限るものとする」と規定されている。
 しかしながら、原告は、都教委から、降任ないしは転職の打診すらも受けておらず、明らかに上記規定に違反する。
 この点からも、本件分限免職処分は理由がなく違法なものであることは明白である。
  
C 適正手続(憲法31条)違反
 さらに、原告及及び勤務校であった九段中学校の根深校長は、全く都教委からの事情聴取すらも受けていない。
これは、明らかに告知・聴聞の機会を奪われたことを意味しており、適正手続に違反するものである。
 したがって、この点からも、本件分限免職処分の取消は免れない。

第7 原告の賃金請求権
1 原告は、2005年度(平成17年度)、基本給として、毎月金46万0096円、夏期手当として金93万9636円、冬期手当として金96万9000円の支給を受けていた。
 
2 これまで述べてきたとおり、本件分限免職処分は違憲違法であり、かつ裁量権の行使を誤った違法無効なものであるから、取消は免れない。
 したがって、原告は、被告都に対して、請求の趣旨第4項記載の賃金請求権を有する。

第8 原告の被った損害
 原告が、本件各処分によって被った精神的損害は、自らの教育実践を否定されたものであり、その精神的損害は莫大なものがあり、到底金銭に換算することはできないが、あえて金銭的に評価すれば、少なくともその損害は、本件戒告処分により金50万円、本件研修命令処分により金50万円、本件分限免職処分により金200万円を下ることはない。

第9 結論
 以上の次第であるから、請求の趣旨記載の判決を求めて、本件提訴に及んだ次第である。

以  上

証拠方法
        
 追って口頭弁論期日において提出する。

添付資料

 1 訴訟委任状         4通

当事者目録

〒270-1133  千葉県我孫子市湖北台10丁目4番10号
  原  告  増田都子
(送達場所)
〒105-0003  東京都港区西新橋2丁目15番17号 レインボービル2階
             優理総合法律事務所
             電 話  03−3591−3900
             FAX  03−3591−7194
上記原告訴訟代理人
                   弁護士   和久田 修
                   同     萱野 一樹
同     寒竹里江
〒150-0031  東京都渋谷区桜丘町4−23 渋谷桜丘ビル8階
             渋谷共同法律事務所
上記原告訴訟代理人
                   弁護士   萩尾 健太
〒163-8001   東京都新宿区西新宿2丁目8番1号
被  告  東京都
上記代表者知事 石原慎太郎
上記代表者処分行政庁
      東京都教育委員会
       上記代表者委員長 木村 孟
〒102-8688   東京都千代田区九段南1丁目6番11号
被  告  千代田区
上記代表者処分行政庁
千代田区教育委員会
       上記代表者委員長 近藤明義