Re: 弱者の「表現の自由」と強者の「表現の自由」 1/4 |
檜原転石さま こんばんは。増田です。 > この問題で私は「ムハンマドの風刺画論争」の方をまず想起したので、深沢七郎 > の『風流夢譚』は思い浮かばなかったのですから、取り上げてくれた増
田さん 実は、私も「ムハンマドの風刺画論争」も想起したのです。ただ、石垣さんの問題提起が「最高責任者」ということだったので、「予言者」の場合は、「地位・身分」の位置づけがわからず、でも、どう考えても「最高責任者」というわけにはいかないだろう(笑)、と、「地位・身分」のはっきりしている人を対象とした『風流夢譚』の方にしたわけです。 > 長崎市長・本島等銃撃事件(1990年1月18日) > で、「言論・表現の自由」を周りで表明してみても現状を変える戦
術としては > 何の効果もないということは明白で、やるべきことはヒロヒトの戦争犯罪を含め > た天皇制への一斉批判でしかないのです。具体的に天皇批判 を何もやっていな > い人物の「言論・表現の自由」を守れ発言など、何の効果も無いのです > 天皇に関しても「表現の自由」を駆使して、創作上の暗殺を含めて好き放題書いている人間なら、矛盾なく米
国で作 > る北朝鮮の指導者の暗殺映画を支持することができるが、しかし、一定数の人は それなら、増田サンは、完璧に「米 国で作る北朝鮮の指導者の暗殺映画」の上映の自由を「表現の自由」として「支持することができる」資格を持っていると、檜原さんにも(笑)ご理解いただけると思います。 私は、檜原さんが指摘された 長崎市長・本島等銃撃事件で、檜原さん同様、マスメディアが「言論・表現の自由を守れ」としかいわず、「そうだ、長崎市長は正しいのだ! 昭和天皇には最高の戦争責任があるのだ」と主張したところが全く無かったことに、強い怒りを感じました。 それに続く、あの馬鹿げた「自粛の大騒ぎ」に、さらにさらに怒りを感じました。 そして、我が身を振り返った時、中学校の社会科教員として、きちんと昭和天皇の戦争責任を教えてこなかったことを反省しました。やはり、菊タブーに恐れがありました。しかし、このままでは「再び、教え子を戦場に送ることに加担してしまう。」と考え、もしかしたら、我が身が危なくなるかもしれない、でも、私は、きちんと教えようと、決心しました。 それからは、時々、教育委員会に「孫から、『昭和天皇は悪い人だ』と教えている教員がいるけど、ほっといていいのか」というような密告電話がいったようです。 困ったことに、文部(文科)省の愚民化教育の成果を体現している人が多く、「自分はそう思っていないけど、どんな根拠で、そんなことを教えるのか、まず、本人に聞いてみよう」というような、大人の対応(笑)ができる人は日本国民には、とても少ないようです。マッカーサーの「日本人は12歳の子ども」論は、当っているかもしれません(笑)。 私は天皇バンザイ教カルト信者と、そういう人々を呼んでいますが、昭和天皇について真実を教えると、自分の人格を否定されたように思い込むようなのです。 で、1997年3月の足立区立第十二中学校卒業式において、私の教え子たちが「国歌斉唱」と教頭が言った時に、一斉に着席してしまったことで、右翼区議が区議会で問題にした結果、「堪忍袋の緒が切れた。もう、増田は、ほっておくわけにはいかない」と教育委員会は、決意したようです。 で、石原都教委とのデスマッチ10年の末・・・ここでは詳細は書けませんので、ぜひ、『たたかう! 社会科教師』(社会批評社)のご購読を!(笑)・・・に、私は「公務員不適格」として首を切られたわけです。 この国・・・檜原さんが言われる日本低国・・・では、「日本社会の真実を教える」社会科教員は「公務員不適格」なのです。裁判所も「都教委の判断は正しい」!? と判断してくれました。 というわけで、私は、「天皇に関しても『表現の自由』を駆使して、創作上の暗殺を含めて好き放題書いている人間」というわけではありませんが、「天皇に関しても『表現の自由』」と「真実を教える教育の自由」を駆使して、その侵略戦争における役割と日本国憲法破壊活動を教えてきた人間です。 日本低国の低劣官僚どもに、武運つたなく(笑)首にされたことは勲章だ(笑)と思っています。 というわけで、檜原さんにも、増田サンには「矛盾なく米 国で作る北朝鮮の指導者の暗殺映画」の上映を「表現の自由」として「支持することができる」資格があると、認めていただけるだろうと期待します。 |