都教委、最小限の過ちだけは認める!? 「朝鮮人虐殺」削除問題 2/17 |
都教委、最小限の過ちだけは認める!? 「朝鮮人虐殺」削除問題 皆様 2月15日、けんり総行動の一環として ************************************* ○増田教諭(当時)の個人情報漏えい等、裁判で確定した貴教委による違法行為=人権侵害の「非違行為」について、謝罪と当該「非違行為」職員処分を求めてきたが、貴教委は一切拒否し、その理由を常に「従来から、東京都教育委員会は、法令等を遵守し」てきたから、と厚顔無恥なる回答をしてきた。 @ 情報課長には、本回答が、当方の要請に正対した回答になっていると判断されるか、根拠を示して回答されたい。 A 情報課長には、「違法行為」を行うことは「非違行為」である、と認識されているかどうか回答されたい。 B 情報課長には、悪いことをした時には被害者に謝罪することが道徳的に正しいという認識が有るかどうか、回答されたい。 <総務部教育情報課の文書回答…「組織」として答えるので課長個人は答えないとか…> <増田のコメント> そして、こういう連中が、「東京都独自の道徳教材集を作成し、都内公立小中学校などの全ての児童・生徒に配布する」として2012年8月に「心みつめて」を発行し、子どもたちに押し付けています。自分たちの道徳「心」を「みつめ」ることは全く無い!? ○朝日新聞1月25日付記事にある、都独自の「教科書」と称する「江戸から東京へ」の「朝鮮人虐殺」記述の「修正」と称する改悪について。 @ア、当該記事によれば、本変更に関して「専門家には相談しなかった」そうである が、なぜ、専門家に相談しなかったのか? イ、専門家である監修者にも執筆者にも相談せず記述を変更し、かつ、その記述変更執筆者の氏名を「江戸から東京へ」に記載しないことは、常識があれば、執筆者たちに対しても読者に対して ウ、記述変更執筆者の氏名を「江戸から東京へ」の「執筆者」欄に記載されたい。 <指導部高等学校教育指導課の文書回答> 当該箇所のコラムは関東大震災の史跡を紹介する内容となっており、修正内容も「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」を紹介する内容への変更ですので、監修者や執筆者には報告しましたが、専門家に相談する内容ではないと判断しました。 <増田のコメント> 「専門家」である「執筆者」は、「『関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑』は、大震災の混乱のなかで数多くの朝鮮人が虐殺されたことを悼み、1973(昭和48)年に立てられた。」と「史跡を紹介する内容」を記術していたのです。そして、それを「専門家」である「監修者」は了承していたのです。 「史跡を紹介する内容」だから、勝手に「記述」を変えておいて、その「記述」の執筆者名も公表せず、元々の「監修者や執筆者には報告しましたが、専門家に相談する内容ではないと判断しました。」って!? 指導部高等学校教育指導課の全職員(元教員たち)は、なんとも不適切極まりない「判断力」の持ち主たちのようです。 「数多くの朝鮮人が虐殺された」ために、「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」が「立てられた」という「史跡を紹介する内容」を削除する、という重大な「修正」…実は「修悪」!? をすることは、「専門家」である、「監修者や執筆者には」、事前に「相談」するわけにはいかず、異論が出ないように既成事実化して事後「報告しました」と白状しているわけですね。 そんなことをした人物を執筆者名の中に入れることは、さすがにできないようです。 A 当該記事によれば「都教委高等学校教育指導課が…朝鮮人虐殺の記述変更について、担当者は『いろいろな説があり、殺害方法がすべて虐殺と我々には判断できない。』」と述べている。 <指導部高等学校教育指導課の文書回答> <増田のコメント> 「もちろん、そんな『いろいろな説』の真面目な検討などは全くしていませんよ、ウヨクのセンセ(都議を含む)たちの顔色をうかがったら、『朝鮮人を虐殺した』なんて、高校生に教えるのは不適切だよ、と言われたから、削除したんですよ。でも、そんなこと正直に言うバカはいませんよ。」と白状しているんですね。 B 子どもを含む老若男女の無辜の朝鮮人の殺害方法で『虐殺』ではない殺害方法にはどのようなものがあるか、全て示されたい。 <指導部高等学校教育指導課の文書回答> <増田のコメント> C ア、「碑には、大震災の混乱のなかで、『朝鮮人の尊い命が奪われました』と記されている」と「修正」しているが、高等学校教育指導課担当者たちは、この碑文を実際に見て確認しているか? <指導部高等学校教育指導課の文書回答は無く、なぜか、超珍しく波田健二教育情報課長の口頭回答…思うに、「突っ込まれたら、これぐらいは言っていいよ」といわれていたかも。それとも、波田課長が書き忘れたか?> 「確認しています。」 イ、本碑文の当該部分は「朝鮮人が尊い生命を奪われました。」である。「碑には…記されている」と「」付きで引用を示している以上、この記述は誤りであるから、再修正し碑文どおり正確に <指導部高等学校教育指導課の回答> <増田のコメント> 碑文に刻まれている「あやまった策動と流言蜚語のため6千余名にのぼる朝鮮人が尊い生命を奪われました。」のうち、最後の部分だけを引用して「碑には『朝鮮人が尊い生命を奪われました。』と記されている」と記述すれば、日本語として少し不自然になります。「6千余名にのぼる朝鮮人が」が、切り離し得ない主語として、碑には刻まれているのですから。 そこで、指導部高等学校教育指導課職員(元教員たち)は、日本語として自然っぽくなるように勝手に「碑には『朝鮮人の尊い命が奪われました』と記されている」と偽造したのではないでしょうか? 「『が』と『の』の違い、『を』と『が』の違いなんて、こんなとこ気付く奴はいないから、いいよ、いいよ!? と思ってたのに、あれれ・・・気付かれちゃったか…碑文を勝手に変えた後ろめたさがチョコッとは有ったから、そんじゃ、ま、しょうがない!? ここんとこだけは、『修正』しておいてやろう」 ウ、本碑文の当該部分の直前には「あやまった策動と流言蜚語のため6千余名にのぼる」と「記されている」。なぜ、「あやまった策動と流言蜚語のため6千余名にのぼる朝鮮人」と記述し <指導部高等学校教育指導課の文書回答ではなく、なぜか超珍しいことに波田健二教育情報課長の口頭回答…思うに、「突っ込まれたら、これぐらいは言っていいよ」といわれていたのかも。それとも、波田課長が書き忘れたか?> 増田「『碑文に記されている』ことを『紹介』するのですから、そのまま『紹介』してもウヨクから文句を言われることはありませんよ。元々が、当時の政府が『虐殺した朝鮮人の人数がわからな 波田課長「ご意見として承っておきます。」 エ、当該105頁コラム欄には11文字×5行=55文字分の余白が存在するから、「あやまった策動と流言蜚語のため6千余名にのぼる」24文字を追加記載しても、未だ余白は存在するのであるか <指導部高等学校教育指導課の文書回答> 増田「どうしても『6千余名にのぼる』がイヤなら、せめて、「『あやまった策動と流言蜚語のため、朝鮮人が尊い生命を奪われました。』と記されている。」と『紹介』すべきですよ。」 |