極度に不当な判決2件 08/3/13

<「鉄道運輸機構訴訟」判決>

 夕刊でも少々は報道されていますが、本日、東京地裁の中西茂裁判長は、国労組合員が1987年にJRに採用されなかったことで、国鉄清算事業団を継いだ『鉄道運輸機構』に対し雇用確認・未払い賃金支払いを求めた訴訟で、請求をすべて棄却するという、極度に不当な判決を出しました。

 「解雇は正当で、採用候補者リストに載らなかった87年から3年以内に提訴しなかったから時効だ」というのですが、国労組合員は、そのころずっと労働委員会で闘い「不当労働行為=組合差別によるものだから、解雇無効」という採決を勝ち取っていたのです。そこでJRが裁判に持ち込み「裁判相手は新会社のJRではなく、国鉄を継いだ鉄道運輸機構だ」といわれて敗訴したため、04年に鉄道運輸機構相手に裁判をはじめたわけで、それで「時効だから、不当労働行為があったかなかったか判断するまでもない」!? とは、いったい何でしょう? 20回もの口頭弁論で、国労の方々の21年間に及ぶ、とても一言では説明できない苦労を話され、思わずもらい泣きをしてしまった傍聴者も数多かったのですが、中西裁判長や他の2名の裁判官は耳栓でもしていたんでしょうか。

 これまで同種の2件の裁判では解雇は有効だが「差別の不法行為はあったから期待権侵害で500万円の慰謝料を支払え」「国鉄の『中立義務違反』の不法行為はあったから550万円の損害賠償を支払え」という判決が出ていました。

 つい先日「日の丸・君が代、不起立1回の教員に対する嘱託採用拒否は不法行為だから220万円支払え」という判決を出したばかりの中西裁判長と裁判官なので、ここまでも酷い判決が出るとは思ってなかったのですけど・・・

 もちろん、こんな極度に不当な判決を国労の方たちが納得できるわけはなく、控訴して闘う事になります。本当に「裁判官には良心があるのか?」と思ってしまいます。法廷に入りきれず裁判所の外で待っていた支援者のために、国労の方たちが手に持って出られた紙には「裁判官は恥を知れ」書いてありました。全く同感でした。

 以下は、控訴審で、1審よりさらに酷い判決の出た「国立二小・卒業式ピースリボン」裁判について、原告のお一人からの報告です。

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<国立二小処分撤回裁判控訴審判決>

2008年3月11日 13:30〜  東京高等裁判所817法廷にて
裁判長 東京高等裁判所第4民事部   稲田 龍樹

 裁判長は、主文を読み上げ30秒もかからないうちに退廷。判決は棄却でした。、内容はまったく司法の文書とは思えない悪意に満ちた作文です。特に気になる部分を引用します。

判決 31ページ〜34ページ
 卒業式は卒業証書授与をもっとも重要な要素とする行事であること、卒業証書授与が校長の職務であること、(中略)教職員は校務に関して校長の監督を受ける立場にある。 卒業式は、一般に、卒業証書授与をもっとも重要な要素とする式典である

◆と卒業式を非常に狭い意味で規定し、校長の思うとおりに執り行い教員はそれに従うべきだという考え方で書いています。

 また、職員会議は校長が主宰するもので校長の職務に関する意思決定機関ではない。職員は個人的な歴史観などを前提として校長の判断には従わず、校長の監督には服さなかったものであって・・・・・・小学校の行政組織としての統一性を阻害すべきというべきと、学校が上意下達の組織で、教員が校長の決定に従う立場としています。

◆ 卒業式を巡って長時間話し合ったことについて、職務命令がないのに戒告処分とするための理由を色々書いているのですが、学校は行政組織だという言い方が出てきます。これについて私は違和感を持っています。教育の場は人と人とが平等でそれぞれが自立した関係であり、自由にものを言える関係であるべきだと思うのです。教育は行政から独立し廷他のではなかったっけ・・・少なくとも旧教育基本法10条は行政による不当な支配を禁じていたはずです。

41ページ〜
 初等教育における教師は 大学における意味の教育の自由はなく、児童の発達段階に応じた内容程度の教育を行う制約された自由がある。児童は授業の内容を批判する十分な能力は備わっていないし学校・教師を選べないのだから、教育の機会均等を図る必要がある。児童への教育内容は正確・中立・公正であること。
全国的に一定の水準であること。

◆ 簡単に言えば偏向教育をしてはならないと言うことを言っていて、基準は学習指導要領だ。正確・中立・公正とは、どの立場から述べているのでしょうか。様々な考えを紹介し、選択し考える自由を奪い時の政府が決めた一定の基準・一つの思想を教え込むと言うことを是とする判決だと思います。

◆ リボンの着用に関しては
 身体活動の面からは作業の遂行に支障が生じなかったとしても、精神活動の面からすれば注意力の全てが職務の遂行に向けられなかった場合には、職務専念義務違反が認められる。

◆判決文全体にわたって、原告の内心に関して裁判官は勝手な解釈をしています。個人個人が違うのに一律こういう考えだったとしている。記者会見でも、「原告の皆さんは5人とも日の丸「君が代に反対だったのでしょう。」という質問をする人がいたのですが、その薄っぺらな質問に当惑してしまいました。
 それぞれの教員にそれなりの経験と思いや理由があるのですが、そういった背景抜きに、「反対派教員による偏向教育」と言うくくり方をされるようでいやでした。
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 裁判所が「人権救済機関」でなく「人権侵害追認機関」になってしまっているようで情けない限りですが、しかし、他に「人権救済機関」はないのですから、こんな極度に不当な判決にもメゲズに、行政や社会的権力による人権侵害と闘う他の人たちとも連帯しながら、裁判闘争もやり抜きましょう!