青年の「増田先生の近現代史シリーズ講座 第1回報告」 07/7/3

おはようございます。増田です。
 「増田先生の近現代史シリーズ講座 第1回報告」として、スタッフの一人として奔走してくれた、本当に真面目で思慮深い青年から、詳細な報告&感想をいただきましたので、私の返信も含めてご紹介します! 長文・重複ご容赦を。


●来て下さった42名程の皆様、今回こられなかった皆様

6月24日16時〜湖北台近隣センターにて、あびこ平和ネット主催のシリーズ企画、増田都子先生の社会科授業【近現代史の真実を知ろう】、第1回 明治維新(1)新政府に参加しました。

 地元の子どもの祭、げんきフェスタ終了後、会場に入って、思ったより大勢の方が来られていたので、驚きました。2名の中高生の他、大学生も来ておりました。本当に皆様のお陰です。

 授業中は一人で考える時間が多くとれ、皆さん真剣で、それぞれあっちをにらんで考えたり、メモしたり、板書したりしていました。

 まず、ホワイトボードに書かれた維新の文字。これ、あらたなりという漢文とのこと。初めの1時間は西欧の近代史から。17、18世紀、欧米では市民の革命を達成。ここでのポイントはフランスの人権宣言。その16条には、権利の保障と三権分立が定められていない憲法は本当の憲法を持つ国では無いということが定められていることです。

 19世紀、ドイツとイタリアの革命が失敗したことは、20世紀の大戦で日本と三国でファシズムを台頭させたことに関連するのでしょうか。だとすると、敗戦後の三国の歩みの違いと現代への影響を知りたいです。ドイツは鉄血宰相ビスマルクに治められ文字通り、軍備と軍隊を中心に据えた政治だった様です。ドイツの憲法は、先のフランス人権宣言16条の指す様な「憲法」であり、外見的立憲主義と言われます。1889年の大日本帝国憲法は、ドイツ(当時、プロセイン)の憲法を参考にしたのでしたね。

 日本の人権を大切にしない維新と明治政府の弾圧は、井上勝生『幕末・維新』岩波新書で学んだことです。維新が無くとも、幕府は開明的な対外政策で開国し、近代化を遂げられたのでは、と同書の読書会で話していました。その本の中で、特に、岩倉具視や木戸孝充、西郷隆盛らで偽造した倒幕の密勅は、印象的でした。

 五箇条の御誓文と五榜の掲示は、明治政府の2つの性格を良くあらわしているとのこと。五箇条の御誓文は、「旧来ノ陋習ヲ破リ...」と、徳川時代の考えを一掃しようとするものであった様ですが、「広ク会議ヲ興シ...」の様に坂本龍馬の船中八策を参考にした影響か、民主的な響きもあります。最近は五榜の掲示が教えられないとのことでしたので、改めて掲示を読み直したくなりました。

 日本近現代史年表の穴埋めで、1869年に政府が東京招魂社を九段に設置→1879年に( )神社に、とありました。答えは「靖国」。魂を招くやしろは、官軍である新政府軍として天皇の為に戦い、なくなった軍人をまつるところで、天皇が、誰を神にするか決めるところに有り難みがあった様です。

 増田先生は、憲法の理想を身に付けさせる為に、33年間社会科を教えてこられた、と思っています。だから、もちろん、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの無いようにする為にも、戦争のこと、明治期からの政府の思想と行為を教えて来られたのだと思います。一方的な観念を教えるのでは無く、双方の意見を紹介してきた様子が増田さんの著書にも書かれています。増田都子『中学生マジに近現代史』ふきのとう書房、1997年。

 授業後に、ご家族全員で参加し残って下さった友人ご一家と増田さんに憲法前文の暗唱を聞いていただきました。その日の午前中げんきフェスタのメインホールにて開催した増田先生の模擬授業「憲法って、なぁ〜に?」でも、挑戦した前文の暗唱。その時は95点の出来でしたが、夜は97点くらい出来たかと思います。コメディアン松本ヒロさんの「憲法くーん」の様にできればなぁ、と思います。次回も挑戦できればと思います。

 次回の第2回は、7月25日10時〜我孫子栄光教会にて。第3回は8月26日(土)14時〜湖北台近隣センターにて。

 このシリーズ講座は異なる歴史観を議論し、闘わせるというよりも、私達が学校では教わらなかった史実や教科書にかくされた真実を学び、今までの教育の隠された狙いやタブーにがんじがらめにされた自分達自身に気付いた上で、自分の考える基準としての憲法を学び、今の世の中をより深く理解する為のものだと、私は思います。

 なので、自分の信念を裏付けてきた世界観や、これまで学んできた歴史、一般的に言われている常識とは異なる歴史を知ることになり、不快感やプレッシャー、拒否感を抱く人もいると思います。そして、純真な子ども達に偏った教育をするな、という増田さんに反対する意見も分からなくないという声もききます。

 また、侵略の戦争だったとは認めず、天皇の戦争責任は問わない大臣や議員、公務員、一般の方々、そして講座の参加者もいるでしょう。だから、案内をホームページ等で不特定多数に公開する時は、できるだけ、菊タブーと言われる天皇制の問題にはわざわざ触れない(今こうして書いてしまっていますが)、等の配慮が必要でしょう。

 また、講座冒頭で、下記の様な説明をする必要があったか、と反省が出されました。

1、議論の場ではなく授業を受ける場である、という趣旨説明
2、質問は休憩時間、講座終了後に、というプログラム説明
3、議論は授業中では無く紙上で行うこと
4、万が一、物理的な暴力があったら誠心誠意阻止すること

 私はこの授業を受けて疑問を持ちました。個人でも組織でも国同士でも、歴史観は異なっていても、当然でしょうか。少なくとも無理矢利に相手の歴史観をねじまげたり、黙らせたり、圧力をかけたりするのは、慎む必要があると思いますが。皆さんはどう思われますか?

 以前みた映画『チョムスキーとメディア』。その鑑賞メモの中でも書きましたが、チョムスキーは、自分は反対であると前置きした上で、ナチスドイツによる大量虐殺は無かったとする学者の意見表明権をも、奪うべきでは無い、という文章を書き、多くの人々から、批判を受けました。

 増田先生の視点は世界の民衆を大事にしたものなので、この様な学説とは比べようもありませんが、一般的に言われている歴史の常識から離れ、公権力が教えたい歴史と異なる場合、特に人権意識の浅い社会においては、意見表明権も剥奪されたり、不自由なものになるのか、と考えさせられました。

 この異なる歴史観を持つ人との付き合い方について考えさせられました。また、人を不快にするかも知れない意見の表明権、その表明の仕方について学んでいきたいです。今回の講座終了後、げんきフェスタの打ち上げも兼ねて、近隣センター近くの大京にて、ふさぴえろの4人で夕食をとりました。

 講座の感想を尋ねると、近現代史の基礎から教えてくれたので、分かり易かったとのこと。私も「始めは何で西洋の歴史なのかと思ったけど、日本の近代史の基礎を学ぶ上での流れなんだと思った。英国権利章典、仏国人権宣言、日本の大日本帝国憲法が丁度100年間隔だと歴史の流れを知り、そのつながりに気づいた」と感想を言いました。

 2時間半の授業時間は長すぎなかったかな、と尋ねると、長きにわたる近現代史なのだから、妥当ではないか、とのこと。また、革命が失敗し権利保障よりも軍事国家を目指した独、伊両国が、一部の武士と公家で維新を果たし「富国強兵」「殖産興業」を目指した日本と、後年、日独伊三国同盟を結ぶという、歴史の流れを知った、と伝えると、自分もそう思った、そこが先生のメッセージだったのかな?とのこと。

 次回を楽しみにしております。


●増田より返信

 たいへん詳細な授業報告&感想を書いていただき、ありがとうございました! はるばる遠くからも参加された方たちを失望させたらどうしようか、と心配だったんですけど、皆様、本当に熱心に授業に参加していただき、とても遣り甲斐を感じました。

私はこの授業を受けて疑問を持ちました。個人でも組織でも国同士でも、歴史観は異なっていても、当然でしょうか。少なくとも無理矢利に相手の歴史観をねじまげたり、黙らせたり、圧力をかけたりするのは、慎む必要があると思いますが。皆さんはどう思われますか?

 一般的に「歴史観が異なる」という言葉を、最近(例の「つくる会」結成の97年以後)、よく聞くようになったと思うんですが、私は、それは歴史認識能力・・・正確に言えば、「事実を事実として認識する能力」が備わっているかどうかの問題ではないか、と考えています。あの明白なアジア侵略戦争を、なお「侵略戦争ではない。自衛の戦争であり、アジア解放の戦争であった」と言い張ることは、それは「歴史観」などというものではなく、どうしても「事実」を事実として受け容れることができない、という当人の精神構造上の問題であると考えます。それには、そうしておいた方が利益になるという経済的要素、政治的要素なども絡んでいそうですけど・・・

 私は人の心を「捻じ曲げたり」することは不可能だと考えます。せいぜい「黙らせたり」することができるだけで、その場合には絶対的に必要とされるのが有形・無形の「圧力をかけたりする」ことでしょう。もっとも大切なのは、「事実」を基にして理性的に話し合うことです。「事実を基にして理性的に話し合う能力を育成すること」、これが、民主主義制度を持つ国の教育の基礎中の基礎にならなけらばならないと考えます。私は私の社会科教育においては、その能力を育成することをもっとも重視してきたわけです。紙上討論は、冷静に理性的に考えるトレーニングとして、とても有効であると自負しています!

また、人を不快にするかも知れない意見の表明権、その表明の仕方について学んでいきたいです。

 有名な言葉(ちょっと、誰の言葉だったか忘れしてしまいました。覚えていらっしゃる方、教えてくださいね)に「私は君の意見に反対だ。しかし、君が、君の意見を発表する自由を、私は命を懸けて守る」!というのがあります・・・これが、民主主義制度を持つ国の「言論・思想の自由」という人権の根本だと考えます。

次回を楽しみにしております。

 本当に、次回、皆様とお会いし、また授業を進めて、いよいよ第1回の紙上討論ができることにワクワクしています! 

 皆様、どうぞ、よろしく!