国労闘争団激励交流ツアーのご報告 07/5/13

こんにちは。犯罪都教委&3悪都議と、断固、闘う増田です!

5月11・12・13日と、新宿地区労働組合センター主催の『国労闘争団(旭川・深川・留萌)激励交流ツアー』総勢!? 11名の一員として、で北海道に行ってきました。

交流会のご挨拶で話させていただきましたが、私は、1997年の足立16中における中2地理社会科『沖縄の米軍基地』授業を、「反米偏向教育」などと一人の保護者から教育内容干渉を受けたことを発端に、3悪都議(土屋たかゆき・民主、古賀俊昭・自民、田代ひろし・同)&産経右翼&都教委三位一体の平教育弾圧を受けました。懲罰長期研修、度重なる処分攻撃の中で、直ぐこの弾圧の本質を見抜き、支援してくださったのが、この国労闘争団の方々と東京清掃の方々でした。

思うだに、はらわたが煮えくり返るのですが、当時の所属組合であった全教・都教組足立支部執行委員会は、なんとまぁ、所属組会員である私のほうを『偏った教育』をした!?・・・当時の都教委でさえ「偏向教育とは言えない」と判断していたのに(公開法廷において足立区教委指導室長、明言)・・・なんぞと誹謗中傷ビラを作成し、足立区内に大々的にばら撒き、翌日の「しんぶん赤旗」は、この都教組の言動に対して、さも「すっごく、いい活動をしてるよ」みたいな記事を載せたものです。
(詳細は、社会評論社『教育を破壊するのは誰だ!』参照)

それに引き換え、国労闘争団の方々は、それまで、全く無関係だった私のために、たくさんの署名を集めてくださったり、ビラまきとか裁判傍聴などにご協力いただいたので、いつか機会があれば、直接、お礼を言いたいと思っていたのです。それから、西部全労協で、ともに活動しました・・・といって、私の方は、言うも恥ずかしいくらいの『活動』の程度ですが・・・故大谷英貴さんのご葬儀にはいけなかったので、そのご焼香も日程に入っていたため、これは、お金が少々かかっても・・・と。(実は、先日、大谷さんのことを「享年51歳」と書いてしまったのですが、50歳で亡くなったのでした。いただいた資料を見て気がつきました。)

5月11日(金)
さて、11日は、羽田に9:45集合時間でした。松山のドジ(1月27日に、私の講演会を企画してくださったのに、寝坊して飛行機に乗り遅れ・・・ま、次の便で何とか・・・)を二度と踏むまいと、夜は、2時間おきに目が覚めてしまい、エイッと、午前5時には起きたので、35分のユトリを見て家を出ることができました! ・・・ところが常磐線が「強風のため」ということで止まったりノロノロ走ったり・・・結局35分送れて、羽田着が9:45! それで飛行機は無事飛び立ちましたが、ガタガタと横揺れの激しいこと、まるで、電車に乗っているみたいで、非常に不安になり、思わず「ナンマンダブ、ナンマンダブ」と念仏らしきもの!? を唱えていました。島根の実家が浄土真宗なので、幼児期に刷り込まれたもの!? が、危機状況では無意識的に出てくるのですね。

それでも飛行機は無事、旭川に到着。遠くの山々は、さして高くは見えないのに、雪化粧をしていて(詳しい方が「あれは新雪だね、昨日降ったんじゃないかな」と)、気温は12度に満たず、空港のそばの赤いトンガリ屋根の家、広い区画の畑・・・「北海道に来た!」と実感。そして、エゾ山桜が満開(添付写真は3日めの旭山動物園です)で今シーズン、最後の花見!? 北海道はソメイヨシノは少ないみたいです。もっとも、道南は、どうか分かりませんけど。美味しい旭川のミソ野菜ラーメンの昼食を終えたあと、時間があったので、三浦綾子記念館に行きました。林野庁の見本林の中にある静かなこじんまりとした建物でした。

それから、旭川闘争団の事務所で説明を受けたあと、懇親会。説明によれば、当初4つの「清算事業団」に入れられた136名のうち、1990年に「希望退職」という名の、本人の希望ではない退職に追い込まれた人が79名、政府・国鉄当局による、理不尽極まりない分割民営化のやり方には絶対に屈服できないとして闘争団を結成した人が57名。けれども、やむなく退団した方が26名。癌で亡くなった方が、一名。闘いの厳しさと、それにも負けず、闘い続けている方々。奥さんや子どもさんも見え、みんな、とても明るい方々でした。そういえば、団員の方の一人が、とても美味な行者ニンニクを山から採ってきて、そばつゆに漬けたものを惜しげもなく、大量に出してくださいました。ほんとに美味しくて、翌日の臭いが気になりながらも、「みんなで臭えば気がつかない!?」とパクつきました。ホント、これ、ビールのつまみに、よく合うのです。

5月12日(土)
2日めは、レンタカーで旭川から西に向かい(何十キロと直線道路!)、先ず、深川闘争団の方と交流。ここは結成時9名で出発。やむない退団者は1名で、国の難病指定を受けて闘病中の方が1名。「公園管理」や「車検サービス」を主体に自ら働く場を作って、活動してらっしゃいます。この「公園」に連れて行ってもらって、説明を受けていたら、なんと昨日の旭川の団員の方が、行者ニンニクの瓶詰めを全員分、届けてくださったのでした!

 そして、車は、一路、西海岸にある留萌へ。駅前の事務所で説明を受けたあと、直ぐそばの大谷英貴さんのご自宅に寄り、ご焼香させていただきました。大谷さんらしく、シャイに微笑んでいる遺影は本当に若くハンサムでした・・・説明の中に、闘争団結成時15名で、大谷さんを含め「3名死亡(48歳、52歳、50歳)」という数字がありました。中曽根首相の「憲法改正するためには総評を潰さねば。総評を潰すにはその中核組合である国労を潰さねば。そのためには、国鉄を分割・民営化せねばならない」という、下劣な政治の犠牲者たちです・・・この若さで、どんなに無念だったか・・・

その後、ここは、「労働者協同組合るもい」という事業体を立ち上げて、廃食用油リサイクル石鹸製造・販売などを市の委託を受けながら活動してらっしゃるので、その工場(夏場稼動で、現在は作業休止期ですが)を見せてもらいました。夜は懇親会。大谷さんの奥様も出席され、挨拶されました。その中で「英貴さんは死ぬ前、『仕事を奪われ、家族を奪われ(英貴さんは東京での専従活動家として、奥様とは別居生活を余儀なくされていました)・・・その上、命までも奪われるのか』と言っていました」と言われたときには、満座、粛然として落涙・・・でも、彼女は「英貴さんの無念を晴らしたいから、頑張っていきます」と、最後は明るく語られました。

そうそう、あの「郵政、4・28(よんにっぱ)」の名古屋さんが、予定より、ずいぶん遅れて登場されました。ご存知でしょうが、全国の郵便局で1978年末から「組合差別をやめろ」「命令と服従、人権否定NO!」と全逓組合員18万人がストを含めて闘ったことに対して、4月28日、58人の懲戒免職などの大量報復処分がなされました。途中、全逓(現JPU)本部の変節で「組合からの首切り」に遭いながらも、ことし2月13日、最高裁で「解雇は『重大かつ明白な』違法行為」と断定され、28年! ぶりに解雇無効を勝ち取り、原告全員が現場復帰しました。

名古屋さんは、その原告の一人で「5月連休明けから1週間、北海道国労闘争団へお礼と報告」巡りをされていて私たちと合流したのです。遅れた理由は、電車を反対方向に乗ってしまい「東京だと、次の電車は2・3分で来るのに、ここは次の電車が来たのは2時間後だった」というわけ・・・同じようなドジを踏むことの多い私は、こういう方を見ると、すごく嬉しくなってしまう!? のでした。今回の新宿地区労の参加メンバーや闘争団の方々は、「けんり総行動」で、名古屋さんと一緒に郵政公社前の集会など参加しています(私もハジッコ!? で参加)ので、みんなで二度目の乾杯!

5月13日(日)
3日めは、留萌を出て旭川に戻り、先ず、あの有名な旭山動物園へ。噂に違わず、本当に面白い動物園です。アザラシ館の円形水柱槽は特に有名ですが、眼前に見ると本当に迫力! があります。シロクマのいるところではプールに飛び込んでくれないかと(そしたら、目の前でシロクマが泳いでいる! という感じになるんですが)期待してしばらくシロクマの動きを見ていました。全く、落ち着きなく常にウロウロするばかり・・・「熊のように落ち着きがない」という形容に納得!? でも、当年20歳のヒグマは、どっしり落ち着いてました(熊族の名誉のために)・・・、で、シロクマ君は時々プールの縁に爪をかけるときもあり「あっ、飛び込むかな」と大いに期待したら「フェイントだよ〜ん」とばかりに向こうへ行ってしまうのでした。観光客をからかってるのかも・・・説明では1日でも2日でもプールに入らない時があるとか。

動物園見学は昼食の時間も入れて2時間ぐらいでしたが、とても2時間では見切れず、ほとんど昼食を食いはぐれ状態・・・と言いながら、実は園内で売っていた美味しい焼き立てメロンパン(おススメ! 皮はパリっと、中は、フンワリ!?)は食べました。

動物園で最後は雨が落ちてきましたが、残りのイベントは大雪山国立公園の中の温泉なので平気! 車がどんどん登っていくに従い、道路わきの雪が増えていき、温泉に着いたら、5・60センチは積もっていそうでした。道路わきにいっぱい生えている蕗のとうが、最初は本当に「トウが立っている」のばかりだったのに、登るに従い、どんどん丈が短くなり、到着地は、まさに、テンプラにしたり油いためにしたら最適状態・・・でも、北海道の方には珍しくもなく摘み取る意欲もわかないのでしょうか、とてもたくさん、ありました。雨が降ってなければ摘み取ってお土産(無料!?) にしたいところでしたが。

途中、前を行く地元のおばさま(だと思う)運転の軽乗用車が、しっかり法定時速40キロを守り(かと思えば、普通の道路のハズを高速並みに追い抜いていく車もあり)時々センターラインをまたぎながら!? 走行されるのには驚きました。

温泉はぬるめで、長時間でもユッタリとつかっていられる感じでした。雪を見ながらの温泉入浴は最高! 帰りがけ、道の駅に寄ったら、「鹿肉弁当」600円が2割引! 「よし、これを帰宅しての晩御飯にしましょう! と購入。「こんなお弁当は北海道でしか買えないでしょうね!」と自慢したら、どなたかが「あれ? 奈良で売ってませんかね?」 と・・・神様のお使いをお弁当にするか? ・・・帰りの飛行機は往きほど揺れず(向かい風で少々遅れましたが)、無事、羽田着。帰宅したら9時過ぎでしたが、鹿肉のメンチカツ、鹿肉の炊き込みご飯は美味でした。臭いもなく、全く、フツーのお肉の感じで・・・

というわけで、たいへん、充実した国労闘争団激励交流ツアーでした。理不尽な攻撃には絶対に屈してはならないと闘うものどうし、励ましあい連帯しあうことは、少々お金はかかりますが、お金には変えることができない貴重な意義があります。やはり、直接、会ってフェイス・トゥ・フェイスで交流するということは人間と人間として本当に大切なことですね!