■釜山からの手紙(11月18日) |
釜山から、嬉しいお便りがありましたので、私の返事といっしょにご紹介します! 韓国にいらっしゃったんですね。昨日金理事長が増田先生にお手紙を書いたのを翻訳を頼む電話があったのでメールの内容をお伝えしたらソウルでお電話でも入れて下さったら...とおっしゃいました。 もう一つ、去る10月30日、金理事長が釜山文化賞(社会部分)を受賞為されました。添付のお手紙と詩のご返事の際お祝いの言葉をお願いします。 都子さん!! 今日、KBS TV は、日本での悲しい話を伝えてくれました。いじめに耐えかねて投身自殺したある小学生と首を吊って自殺した中学生の消息、それに学生の死を遅く報告した事で、小学校校長の自殺のニュースは、真にむねが痛む消息でした。 この様な事件は、わが国でも、時に起きている事であって、賤民資本主義の典型的な教育の在り方と思うと胸が詰まる思いです。一緒にテレビを視ていた家内は増田先生のような方を教壇から追い出した日本教育の現在であり、自業自得だと憤激致しました。 都子さん! 「玄海灘を隔てて私があなたを愛し、あなたが私を愛するように全ての人類がお互いに愛するようになれば、私たちが生きている此の地球はどんなに素晴らしいでしょうか」という言葉を残して、1979年、日本の埼玉県で日本人学生のいじめに耐えかねて投身自殺した或朝鮮人学生の話を聞いて、その時に書いた詩を送ります。 人類の普遍的価値である正義と愛を喪失した教育がどんなに恐ろしいか身震いがでます。 都子さん! 貴方の心のような甘いお菓子の贈り物(増田注・署名のお礼の手紙と一緒に送りました)を貰いながらもお礼の一言もせず、大変申し訳有りません。その間とっても忙しく過ごしました。まだ生きている間は、成させねばならぬ仕事が残っているようです。たびたび、便りを送られなくても、都子さんの教育者としての暖かくて冷静な姿が私の胸深く刻印されていつも同じ道を一緒に歩いていることを幸せに思います。では、さようなら。お元気に。
詩・・・ヒョンイルを悼み/ 1979. 9 埼玉県の中学1年生 日本人同級生の「いじめ」に耐えかねて自殺 まだ、生えていない小さな翼で 15階の屋上で落花した 鳥よ鳥よ 朝鮮の小さな鳥よ 理由もなく死ねと死ねと迫る 日本人学生のいじめに耐えかねて 夢でしか見られなかった玄海灘のあちら側 故国の空に向かって飛び立った。 キムチの臭い、ニンニク臭い、汚い朝鮮人 あらゆる嘲弄にも 口を閉じたまま、ヒョンイルは そこが朝鮮の国でないことを知った。 それで日本人の同級生たちは 彼を壁と呼んだ。 学校に行きたくない この世に生きたくない それで、私は自殺すると書いた ヒョンイルの涙が滲んだノートの余白に 朝鮮の老いたる詩人は何と記録するだろうか 喉が詰まった喀血で弔詩でも書こうか 指をつめて血書でも書こうか 13才幼い胸にこびりついた恨み 鳥よ鳥よ朝鮮の小さな鳥よ 鳳仙花が咲き乱れている この眩しい9月に 我らの胸と山野に来なさい 毎年、鳳仙花が咲く9月になったら 我らが迎えてあげるから 9月に来なさい (訳者註 : 鳳仙花は日本の圧政にじいっと耐えていた朝鮮民族の悲しみ、恨みを象徴する花です。文学的素質がない私の翻訳なので此の詩の情緒を十分伝えられなくて残念です。すみません。) このたびは、釜山文化賞(社会部分)の受賞、おめでとうございます! 先生の素晴らしいご活躍が正当に評価されて、本当に嬉しいです。 また、ご親切なお手紙と詩をお送りいただき、たいへん、たいへん、ありがとうございました! 受賞のこととお手紙、詩は、金三生先生が日本語にしてメールして届けてくださいました。 先生のお手紙と詩には、先生と奥様のお優しさが、伝わってきました。特に、詩には涙が止まらなくなり、困りました。先生は、素晴らしい詩人でもいらっしゃったんですね。ヒョンイル少年の魂も、先生の詩を読んで天国で優しく癒されているのではないでしょうか。 私も、5月に、先生から思いもかけなかった釜山にお招きいただき、拙い話を聞いていただきまして、教壇から追放され腹わたの煮えかえる悔しさと悲しさに凍えそうな心を、先生や奥様、金三生先生や釜山の方々から暖めていただきました。その節は本当に本当にありがとうございました。本当に同胞の日本人だって、先生のようなご親切を示してくれた人は、あまりにも少なかったのです。 でも、見ず知らずの日本の子どもたちの自殺や校長の自殺にまで心を痛め、また、私のことを思いやってくださる、その先生と奥様の、お心の広さ、優しさ、暖かさは、いったいどこから来るのでしょうか? 私は、彼らの悲報を聞いても先生ほどに心を痛めていなかったように思います。ちょっと恥ずかしいです。 また、先生は、ご多忙で体がいくつあっても足りないようなご活躍ですのに、私のためにあれだけたくさんの署名を集めていただきました上に、私へのお気遣いまでいただき、本当に恐縮してしまいます。どうぞ、お気遣いなく! 先生のような方から、「同じ道を一緒に歩いている」と言われることは、身に過ぎた光栄で、私こそ、本当に幸せです! どうぞ、これからも、ご健康でご活躍ください! 2006年11月17日
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